「アジア独立論者としての福沢諭吉」

2012-10-07

このテキストについて

平山洋氏の依頼により、2012年9月30日に法政大学で開催された「思想史の会」 での発 表「アジア独立論者としての福沢諭吉」の発表資料と音声を掲載します。なお、 発表中で の『アジア独立論者福沢諭吉』からの言及は、当サイトの

に相当しています。

なお発表音声中で言及されている資料の「ページ」とは、『アジ ア独立論者 福沢諭吉』のページに相当します。

発表資料

第57回思想史の会・於法政大学

2012年09月30日

アジア独立論者としての福沢諭吉

静岡県立大学 平山 洋

Ⅰ 近代化論者は必ず帝国主義者なのか

①古い枠組みに囚われた図式化:レーニン『帝国主義論』(1916)に由来→この図式によく当てはまる素材を石河幹明著『福沢諭吉伝』(1932)と同編『続福沢全集』(1933~1934)が提供→遠山茂樹「日清戦争と福沢諭吉」(1951)が初めてこの図式を福沢に適用(服部之総・安川寿之輔らへ継受)→「脱亜論」が有名になってゆく(1960年代にかけて)→帝国主義者(侵略論者・アジア蔑視者)としての福沢諭吉像の完成(1970年代~)

②丸山真男の立場:石河による福沢像成立より前の田中王堂著『福沢諭吉』(1915)等の影響下にある(プラグマティストとしての福沢)→こちらが伝統的な福沢像で、戦後も多くの支持者をもつ

③大正版『福沢全集』(1925~26)と昭和版『続福沢全集』(1933~34)について:両「時事論集」に収録されている社説に重複はない→丸山は大正版を用い、遠山は昭和版を用いて立論→市民的自由主義者(丸山)と侵略的絶対主義者(遠山ら)という評価の違いは、同じ社説群に対する異なった解釈ではなく、そもそも別々の社説群に対してのもの

Ⅱ 朝鮮中国の独立と近代化は日本のためでもある

①福沢の署名著作・原稿残存社説に侵略論やアジア蔑視はない:何かが「ある」ことは証明できても「ない」ことを証明するのは困難である→安川寿之輔や杉田聡らが批判している『時事新報』社説で、確実に福沢関与が確認されているものはほとんどない、という反論しかできない

②福沢がアジア諸国の独立に期待したのは、主に経済的な理由による:無理やり領土を拡大しても、日本人であることを望まない日本国籍保持者が増えるだけ→安定した近代国家として対等な貿易相手国となるほうが、双方にとって有益である

③すでに西洋列強の勢力下に入っている地域に侵攻すれば、宗主国との戦争になる:「亜細亜との和戦は我栄辱に関するなきの説」(郵便報知1875年10月7日付・ウィキソースに原文あり)→福沢作と判明している論説では、後年も同様の考えが述べられている→「土地は併呑す可らず国事は改革す可し」(時事新報1894年7月5日付・ウィキソースに原文あり)→「土地は…」を石河は全集に採録していない→福沢と石河の対アジア観の差

Ⅲ 『時事新報』社説起草者推定作業について

①現行版『福沢全集』を読んでも、福沢の対外観はわからない:現行版の「時事新報論集」に収録されている約1500編のうち半数程度は石河の執筆と推測→石河執筆のものが福沢の思想と同じとはかぎらない→社説オリジナルに立ち返って、最初から調べなおす必要がある

②社説起草者推定作業の実施:『アジア独立論者福沢諭吉』(2012年7月・ミネルヴァ書房)刊行直後から準備を開始し、すでにネット上に「福沢健全期『時事新報』社説・漫言一覧及び起草者推定」(約4300編の社説等の題名と全集への収録状況、福沢自筆草稿の有無を記載)をアップロード済→井田メソッドによる推定起草者・推定カテゴリーの確定を順次すすめる予定(マイクロフィルムは全巻所有)

③井田メソッドの恣意性について:文体論的判定法の弱さ、については安川を始め多くの批判がある→それはもっともで、私(平山)だけですすめるつもりはない→平山HPで社説起草者推定についての意見を広く求めている→さらに図書館情報学の専門家でコンピューターによる文体判定の研究を進めている安形輝氏(亜細亜大学)との連携を図ろうとしている

音声資料