「地方の些事」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「地方の些事」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

政府の恃て一國を統治する所以のものは憲法律令に非ざるなり常備軍に非ざるなり軍艦砲臺に非ざるなり巡査憲兵に非ざるなり金銀貨幣に非ざるなり唯人衆の心を得て之と歸嚮を同ふすれば危亡も轉して安寧の世と爲す可きなり擾亂も定て秩序あるの國となる可きなり若し不幸にして政府其恃む可らざるを恃て一度人衆の歸嚮を失ひ之を維持するの策を誤たは潰亂崩決底止する所を知らさるに至り國の安寧秩序を保持す可き憲法律令も施すに處なく海陸軍も其用を爲さす巡査憲兵は人を煩はすの其となり金銀貨幣は人を虐するの糧となり政府は衆怨の歸する所となりて〓離孤立敵辯の他に恃む可きものなきに至り尚何をか恃て一國の人衆を統治せんや人文未だ明かならす法律未た詳かならす君主天下を私有視するの昔日に在て尚且つ衆心を得ざれば政を國内に施す可らざるを知るに非すや和漢の先哲、奏議論説幾千萬篇其旨趣を尋ぬるときは悉く政府に説くに衆心を得るの緊要を言はざるは無し而るを況んや今後十年を期して國會を開設するの大詔既に降るの今日に在て衆心の歸嚮にョすして又何ものをか恃て此國を統治せんや故に我政府は衆心の歸嚮する所に從て漸くに其歩を進め專ら國會開設の準備を爲し以って衆心の歸嚮と相離れざるを勉るものなり

茲に言へることあり本其一寸の差以て頗末一尺を違ふと蓋し人事齟齬するの常態を表したるものならん我政府は近來民間に往々自旧論を唱る者あるを見てスはず其或は喋々止まる所を知らすを經世に貴重なる秩序安寧を損害せられんことを憂慮したる歟地方長次官に内諭する所のものありとしとのことは昨年の末專らゥ新紙に傳ふる所なりしが果して其餘響なるにや頃日其地方に在て縣吏を沙汰するに當て曰く何の某は某地の産なり某地は自由黨の一巣窟なり何の某は必す此黨衆と相知る者あらん必す此黨衆と曾て相交りたることならん須らく訊問して之を黜く可しと而して某人の俸給を問へは二十圓なり其職を問へは刀筆の吏なり又何の某は其社の社員なり某社は民權を唱ふ者頗る多しと聞く是れ疑ふ可し何の某は交際の廣きものなり其交友中必す民權論者を容るゝならん此亦怪しむ可しと恰も蛇蝎の室内に蟠蜿して之を驅除するに聞しきものゝ如く朝に二人を逐ひ夕に三人を驅り累日之を搜索して孑遺なきに至らしめんとするの状なりと嗚呼民權果して何の咎かある我帝室を奉獻して政治の改良を冀ふの趣旨なる耳、嗚呼自由何の罪かある法令の下に立て權〓の伸暢を欲するの主義なる耳、然るに是等の趣旨を説て是等の主義を知る人と相知るが爲めに其官を黜けられ之とクを同ふするが爲めに其職を奪はる、官を黜け職を奪ふは人を罰するの事なり苟も其罪なければ人を罰す可らす

今夫官に在るの人にして在野政黨の團結に加はるは政府の許さゝる所ならんと雖とも汝が交友中に政黨の人あるならん汝が同ク中には政黨の人あるならんと其官の尊卑を問はず其職の輕重に拘はらず悉く之を譴責することあらは國中を偏ふして何人か其罪を免る可きや或は譴責を加ふる其人に在ても尚且交友同ク中には政黨に加入せるの人ある可し況んや政黨ならさるの會社に加はるを以て黜罰を受るの冤に於てをや後より我を蛇蝎視すれば我亦彼を虎狼視し互に相對抗するに至るときは何の日か國の安寧秩序を期す可けん且其黜けらるゝ所の官吏は畏懼して悔悟の念を生す可き歟將た憤怨鬱勃去て不平の徒たらん歟知者を待たすして其向〓を知る可からす又獨り其黜免の人のみならす之と相勉る相交る者之を聞て皆望を政府に絶つへきなり忠良の民を黜け無〓の族が迷はしむるは我政府の屑しとせさる所なるは余輩萬々之を保つと雖とも政府の大、或は地方舊來の事項を知るに及はす遂に斯の如き不幸の人をして其歸嚮を失はしむるに至る可きは未た其必然を保つ能はす

上文所述の事項は一地方の一些事のみ政府固より之を知るに及はす啻政府の之を知〓〓〓〓可からす其地方の長次官も恐らくは之を知らさる如し二三の胥吏辭を巧にし言を飾り漫に長次官の意を〓〓し自ら以爲らく此等の人を驅除する〓〓我政府に〓〓職〓なりと所〓〓未た一尺の矯正を加へたるものなり餘輩が之を以て各地を〓するに非ず唯政府に向て本基一寸の矯正に謹む所あらんことを欲する者なり政府は衆心を得るに勉めざる可らず地方の長次官は政府に代て衆心を繼くの勞を憚る可らず彼去て我を棄てるも我猶追て之を留るもの是れ最上の必なり而るに況んや彼未だ去らさるに我拒〓〓〓〓〓ふ〓〓〓〓〓我政府に代て地方民衆に直接する長次官の能く思ふ所ならんや故に餘輩は上文の事項説く〓〓〓〓〓に出で萬々其實なきを保つものなり然りと雖も〓定て扶殺すること能はざるものは若し不幸にして〓〓〓三府四十一縣中、上既に記するが如き逢迎の胥吏を出して長次官の之に言容を假すあらば政府は〓と共にか其輩國安寧を〓はんや嗚呼政府の爲めに地方人衆の怨を買ふものは逢迎の胥吏なる歟