「・獨逸國帝之勅書」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「・獨逸國帝之勅書」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

・獨逸國帝之勅書

本年一月十四日龍動出版の雜誌「エコノミスト」の中、日耳曼通信の條に云く獨逸帝が今般の勅書に就ては國中の人心驚愕啻ならず獨墺其他日耳曼諸州の新聞紙は公然これを攻撃するに至れり固より獨の立憲政體なるものは英國に所謂立憲に比すれは其名同ふして其實大に異なりと雖も苟も國會を設て參政の權利を人民に附與したる其國に於て皇帝は無限の統御件を保有す、憲法に從て統御する者に非ずと皇帝自から詔を下して公言したるものなれは國民の失望驚嘆も亦謂れなきに非さるなり抑も獨逸國政府の主義にして殊に彼の「ビスマルク」公が得意手段たる專斷決行の政略を厭ふの念は數年来漸く國中に波及して既に昨年の國會の如き政府より提出したる議案は之を攻撃して止まず終に廃案に附したるもの少なしとせず復た昔年黙々の比に非るなり(例へは理財会議の如き是なり)斯く官民の軋轢止ますして其甚だしきの頂上に至れは政府は必す国会を解散して議員改撰の事を行はさるを得す故に其改撰の時に当ては国会をして復た政府に抗戦することなからしめんと欲するの目的にて先つ人必す驚〓〓〓〓〓爲に今國帝の〓〓なる勅書の擧にも及ひしことならん是所謂「クープデタ」の手段にして他の驚嘆に乘じ〓以て之を抑壓せんとするの奇策なれとも此國に於ては到底行はる可らずして其目的を達する能はさるや事理の最も明白なるものなり(「クープデタ」とは國力を以て撃つの義にして佛蘭西議會が得意の政略なり例へば兵隊を率ひて革命の國會院を圍み瞬間に之を解散したるが如きの武斷感服の策を云ふ)元來日耳曼北方の人民は其性質平素は至極忠順にして忍耐の氣に富むと雖とも一旦憤怒の情を發するときは頑として動かざること「ビスマルク」公其人の剛情に讓らざるなり「カルライル」氏云へることあり佛人の情は藁の燃るが如く獨人の情は石炭の燃るに似たりと評し得て妙なり公が一旦事の意の如くならさるを憤て此拙劣なる術策を行ひ高年の皇帝をして此危險なる騷擾を招かしめたるは寔に公の過と云ふ可し事既に此に至る早晩恐る可きの變亂は免かる可らさる可し

右は「エコノミスト」拔萃の譯文なり讀者は之を看て如何の感を爲かや獨逸帝國の政治、專斷なりと云ふと雖とも昔年に倍して專斷なるに非すと事自然の勢に從て次第に寬裕に赴くと雖とも國民の方にて自由を求るの熱心は却て益甚しく既に千八百六十六年にも政府と國會との間に葛藤を生して其處分に窮し遂に國帝より勅書を下して之を制伏したることあり爾後千八百七十一年佛蘭西に勝て國民恰も一時の熱に乘じて官民の間〓〓調和の姿なりしかとも年月を經るに從て其熱も次第に冷却して又遂に今回の始末に及ひたることなり我輩は此一記事に付て論す可きもの少なからずと雖とも先つ勅書の一事より認めん

第一獨逸政府は恰も國帝の勅書を濫用したるものなり抑も國帝なる者は神聖にして罪其身に及はず、一切政治の責に任する者は〓路の宰相にして國帝に非ず、唯一〓の道理のみに依賴して天下の事物を冷に推究すれば一國の主君にして其國事の責に任するなしとは不都合なるに似たれとも今の世の人類は理に生々せすして情に浮沈する者なれば理外のものを以て其浮沈を制すること最も緊要なりとす即ち國帝の尊嚴以て之に臨み萬民を鎭撫することなり其尊嚴の極度にして神聖と稱し恰も尋常の人類に異なるが如くするは決して無稽の妄に非すして經世の一大祕訣と云ふ可し國帝は既に神聖なり神聖なるものは容易に言はず、容易に見ず、言はずして言ふが如く、見ずして見るが如く、云はゞ神變不思議にして初て神聖なる可きに今獨逸國に於ては宰相の失策よりして政府と國會との間に葛藤を生し其處分に窮して帝の勅書を用ること十數年の間に〓一國の〓〓〓〓事〓る〓〓〓〓云はず及ひ〓〓「本年一月〓勅書〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓尚可なりと雖とも今や然らさるが如し、若しも此一勅以て功なくして却って民情を苛烈に導くこともあらば宰相は帝に謂ふて第二勅を出さしむることならん二勅三勅際限ある可らず國會に勅し軍人に勅し遂には憲兵巡査に勅せんことを謂ふも知る可らす加之其勅命たるや國帝口頭の詔を他人の筆記したるものに非すして勅書とあれば其書は直に國帝手配の文として見ざるを得が凡そ文意なるものは其一字一句を詮鑿して文〓の〓具を求むれば完全のものある可らず況や偶々其〓〓を誤〓し又は故〓らに之に附會するに於てをや白を讀て黑と解すること甚だ容易なり故に國家の大事に際し止むを得ずして勅書を下たすの急に迫られたることもあらば其勅文は勉めて簡單にして終り、別に其勅解を附するも可なり然るに今獨逸國の勅書は此〓〓〓適せさるものゝ如し蓋し帝の知る所に非す宰相〓〓〓〓〓はさるを附す如何となれば宰相は國事の費〓預かる者なればなり國事は大にして勅書は重〓一たび之を運用するときは其影響は天下後世に及ふ可〓〓を〓かし神聖を失ひ一時の急に促されて万〓〓大計を〓〓〓〓〓〓〓獨逸國の爲に唯これを嘆息するのみ〓〓