「国立銀行の準備金」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「国立銀行の準備金」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

国立銀行の準備金

國立銀行の仕組は讀者の知らるる如く爰に資本十万圓の銀行を立てんとするには實價八万圓の公債証書を抵當として大藏省に納め其代りに銀行札八万圓を取取て之を發行通用せしめ別に通貨二万圓を銀行に備ふ、之を准備金と云ふ凖備金は銀行札引替の用意に供するものにして常に銀行に現存す可き筈なり然るに銀行札なるものは租税にも上納して差支なきの法なれは世間の之を信す可きは無論にして其通用毫も〓常の通貨に異ならず彼の凖備金も紙幣なれは銀行札も一種の紙幣にして通用に異同なきか故に之を引替るも紙幣を以て紙幣に易るに過きす銀行設立以來絶て引替の事なきは當然の理にして凖備金は全く不要に〓したるか如し

左れ共銀行條例は政府より發行したるものにして凖備金は必す備へ置く可しとの明文なれば銀行には實際不要と知りてから資本金に對して二割の紙幣は常に用意して之を動かす可らす元來國立銀行は大藏省に抵當を納るとは云ひなから其抵當品なる〓〓〓〓の利子は銀行に収〓するか故に資本金を閑却するものに非ず此抵當の代りに發行する銀行札は即ち無利足の金を通用せしめて利足を収領する者なれは恰も二重の利を占るの割合にして其利益固より豊なり嘗て危険の心配もなく殆と海内無比の商法とも云ふ可き者なれは凖備金の法の如きも謹て之を守る可き筈なれとも利を見て〓むは商家の常にして此法を守ること甚た難し、又人情の方より之を察するに銀行は金を借る者に非すして金を貸す者なれば借者に何程の急あるも之に貸すと貸さざるとは全く銀行の随意なる可きに似れとも情に於て決して然らす借者に迫らるる貸者の急は〓者の急に異ならずして時としては貸者たる銀行に於て非常の切迫を感することあり此切迫の時に當て尋常の資本には一銭を餘さず顧て庫内の準備を見れは二万圓の閑却するものあり、銀行者の眼光これに向はざるを得ず眼に之を見て手に之を執らさるは亦難きに非すや恰も猫にして魚肉の監守たるが如し是即ち日本國中の國立銀行に於て徃々其凖備の空しき者ある由縁なり畢竟利を貪るが爲の犯則なりと雖とも又一方より考れば人生木石に非すして切迫の情に迫らるるの意味なきに非ず

右の如く國立銀行の凖備金は實際に不用にして徃々犯則の媒介とも爲る可きものなれは或る理財家の考に寧ろ公然これを廃して其使用を許すに若かずとの説もあれとも我輩の所見は之に異なり前節に記したる如く銀行の営業は既に其利益の厚きものなれば今又其厚きを重するを要せず且其凖備を實際に不用なりと云ふも銀行條例の法は則ち法にして容易に之を變易す可らず未た大變革を要するの時に至らさるの間は唯舊慣を守り特に注意して檢査の法を厳にす可きのみ斯く検査法を厳重にすれば法の面に於て美なるのみならず今日社會の理財上に於ても亦別に大に利する所のものある可し蓋し其利とは何そや紙幣の下落を防くの一助たる可きもの是なり三四年以來紙幣下落の爲に社會全体の禍を致したりとの事は讀者も明に知る所ならん近來に至て益甚しかりしが両三箇月は復古の姿を示し銀貨一圓七八十錢なりしものも四五十錢の間に下り諸物價も又稍や同様の割合に下落したるは誠に〓す可き次第也其原因に就ては様々に説もあれとも政府にて勉めて紙幣を引て其流通の高を減するの方略を運らしたるは銀貨下落の大原因なりと云ふ此言果して然らん紙幣の流通滅却すれば銀貨の下落す可きこと経済の本則にして更に疑を容る可きに非す左れば今後も益其滅却法に着手す可きなれとも今の大藏省は資本の豊なるものに非されば〓なく通用の紙幣を滅却す可らず然るに爰に幸なるは全國の國立銀行に必す二割の通貨を積む可き凖備の法あるを以て此法を〓にして一日も怠ることなく一圓も缺ことなからしめなば世間流通の幾分を減す可きや必せり或は數年來の習慣にて紙幣と銀行札と引替の事、實際に無きものあらば政府の官吏にて各銀行の準備金に封印するも可ならん必す銀貨下落の一助たる可し固より各地の銀行其〓一様ならずして其準備金に全く手を着けさるものも多からん又手を着けたるものも少なからさる可し其多少の論は姑く〓き或は全く我輩の臆測に反して全國の銀行に犯則の者なしとせん歟其準備金を検査するは銀行條例の法なり其法の實施に注意するは政府の責任なり故に準備金の検査を厳にするは今日紙幣減却の事に關して一舉両全の策なれとも仮令ひ両全ならざるも銀行條例に對して一舉一全の策たるや明なり一日も怠る可らさるものなり