「朝鮮の事に關して新聞紙を論ず」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「朝鮮の事に關して新聞紙を論ず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

新聞紙は國の爲に利か不利かと尋れば、利なりと答へざるを得ず。如何となれば新聞紙の中にも極めて粗惡な

るもありと雖ども、之を平均するときは苟も國民の中等以上の者にして、其記者たるが故に、一般に人の知見を

增進する爲には、缺く可らざるの具なればなり。或は其極端の惡新聞は國の害を爲す可しと雖ども、極端の良新

聞は國益たること大なるが故に、兩極平均すれば概して世に必要なりと云はざるを得ざるなり。

新聞紙は政府の爲に利か不利かと尋れば、是亦利なりと答へざるを得ず。如何となれば、一國の政府たる者は

必ず天下人心の多數を得たるものなれば、新聞紙に論ずる所は必ず政府の旨に適して、政略の眞意を世に公にす

るの方便たる可ければなり。卽ち政府が新聞紙を利用するものなり。然りと雖ども今一歩を退けて論ずれば、世

の氣運に從て天下の人心必ずしも政府と同一致せざるの時あり。斯る時節に當ては新聞紙の所言、政府の意に適

せざるもの多し。卽ち政府と新聞紙との間に背馳の状を現はすものにして、既に一度び其状を現はして方向を殊

にするときは、日に益距離を遠くして遂に相近くを得ざるの勢に陷ることあり。此勢の中に居て目下政府たるも

のゝ協に謀れば、天下に新聞紙の我兌あるは其無きに若かず。如何となれば、政府と人民と相分れて各局處に利

害を殊にすればなり。例へば方今我國にて所謂民權新聞なるものゝ政府に於けるが如し。政府の區域を極めて狹

きものに考へて、目下の都合のみを思へば、今の政府の爲には天下に民權新聞なきを利なりとす。氣運に於て之

を利用すること能はざればなり。

新聞紙は國の爲に利か不利かと尋れば、利なりと答へざるを得ず。如何となれば新聞紙の中にも極めて粗惡な

るもありと雖ども、之を平均するときは苟も國民の中等以上の者にして、其記者たるが故に、一般に人の知見を

增進する爲には、缺く可らざるの具なればなり。或は其極端の惡新聞は國の害を爲す可しと雖ども、極端の良新

聞は國益たること大なるが故に、兩極平均すれば概して世に必要なりと云はざるを得ざるなり。

新聞紙は政府の爲に利か不利かと尋れば、是亦利なりと答へざるを得ず。如何となれば、一國の政府たる者は

必ず天下人心の多數を得たるものなれば、新聞紙に論ずる所は必ず政府の旨に適して、政略の眞意を世に公にす

るの方便たる可ければなり。卽ち政府が新聞紙を利用するものなり。然りと雖ども今一歩を退けて論ずれば、世

の氣運に從て天下の人心必ずしも政府と同一致せざるの時あり。斯る時節に當ては新聞紙の所言、政府の意に適

せざるもの多し。卽ち政府と新聞紙との間に背馳の状を現はすものにして、既に一度び其状を現はして方向を殊

にするときは、日に益距離を遠くして遂に相近くを得ざるの勢に陷ることあり。此勢の中に居て目下政府たるも

のゝ協に謀れば、天下に新聞紙の我兌あるは其無きに若かず。如何となれば、政府と人民と相分れて各局處に利

害を殊にすればなり。例へば方今我國にて所謂民權新聞なるものゝ政府に於けるが如し。政府の區域を極めて狹

きものに考へて、目下の都合のみを思へば、今の政府の爲には天下に民權新聞なきを利なりとす。氣運に於て之

を利用すること能はざればなり。

官權の記者を鄙劣なりとして、民權の記者を氣節ありとするに非ず。往々厭惡す可き民權論者もある世の中なれ

ども、正議讜論、他に依賴せざるの一事は、新聞記者の本色にして、。其内實の如何に拘はらず、記者たる者は之

を口に唱へざる者なくして、世の人も亦これを信ずること、佛門の僧侶が精進の戒を守て俗間に其淸淨を信ずる

ものに異ならず。然るに彼の官權新聞紙に限りて間接直接に政府の筋の助力を蒙るとあるからには、第一に新聞

記者の本色を失ふが故に、假令ひ如何なる名論を吐くも、世間の耳に聞ゆる所は破戒の僧侶が念ずる讀經の音の

如し。其經文の靈不靈に拘はらず、之を信ずる者なきも亦謂はれなきに非ず。滔々たる天下の勢は二、三の人力

を以て如何ともす可らず。唯官權新聞記者の爲に之を愍れむのみ。

左れば今囘朝鮮の事件に就て、我政府の眞意の所在を内外の人に明告して、内國の人民をして方向を誤ること

なからしめ、外國の人をして我政略を妨ることなからしめんとするには、政府に於て國中一般の新聞紙を利用す

ること、最も緊要の策ならん。卽ち新聞記者を疏外することなく勉めて之を友視して、軍略政策の機密の外、こ

れを洩らして妨なきものは懇に告知すること、政府の得策ならんと信ず。但し我輩は唯政府に向て忠告するのみ

ならず、斯る大切なる時節には新聞記者もよく注意して事の前後を考へ、是れは我日本の政略の爲に不利ならん

と認るものは、漫に政府の誡を煩はさずして自から愼しむ所あらんこと、同業にも告げ我れも亦守る所なり。

〔八月十九日〕