「米國叢談(前前號續き)」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「米國叢談(前前號續き)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

米國叢談(前前號續き)

運輸交通の便利快速なるは實に該國繁昌の根源にして各般の事業皆之れに由て活動すべきものと謂ふへし夫の太平洋を航する大船も桑港に至れは陸路相接するの姿をなし船客の上下更に短艇を用ひず又同港近傍の一渡船塲に至り堤上の一茶店に休息すると思ひしに店は早く既に中流に浮び一驚を喫したりと葢該渡船は堤岸に直接密付し實に水陸の境さへ分明ならず身躬ら船に移るを覺ゑすして彼岸に達するか如き便も又便なりと謂ふべし又鐵道の列車を其儘舟に載せて川を踰え彼岸の線路に繋續する其有樣は恰も磁石の鐵片を引くか如く輕輕易易に密着連絡す實に奇と云はんか妙と云はんか

該府市街の道路は馬車道人道とも上る者下る者必らず左右に分列し整然乱れず故に幾千の馬車幾萬の人衆ありと雖ども雜沓することなし夜間に至りては徃來人稀れにして夜光愈輝き終夜馬車の響を絶つことなし又常に掃除を怠らす寒中雪を掃ひ暑中水を播き人をして不便を感せしむることなし」馬車鉄道は晝間五分時間を待たす到る處之れに搭乘するを得近きは二三里遠きは六七里其〓の欲する所に上下し價通して五錢とす」此國の發明にして近時盛んに行はれ更に一層の便なるものは空中鉄道なり此銕道は大抵尋常の市街に敷く馬車銕道に疊なるものにして地面の鐵道を去ること凡八九尺の高さに二條の銕を架し鐵柱以て之を支へて■(さんずい+「氣」)車の道と爲し馬車は下を走り■(さんずい+「氣」)車は上を飛ぶの工風にして(英國地下鉄道の反對なり)七八丁毎に駐車塲を設け行客路傍の階を昇て塲に待つこと長くも五分時を出てずして乘るを得べし但し此■(さんずい+「氣」)車は特に市中徃來の用に供し其行く所十里に過きすして循環徃復するものなり故に賃錢も亦道の遠近に論なく通して十錢とす但午前七時より八時迄午後五時より六時迄の間は工人の徃來多きにより賃錢も亦其半價となす

時間即金とは彼國の諺にして國人の時間を愛しむこと或は金を愛しむよりも甚しきものあるが如し全國如何なる遠陬僻郷に至るも苟も鐵道の設ある地方にして其傍を徒歩する者あるを見ず人の貧富に拘はらず■(さんずい+「氣」)車あれば則ち之に乘る■(さんずい+「氣」)車の通する所人跡を絶つものと云ふ可し市中電信局は凡半町毎とに其設あり技術生は多くは小女子なり此の如く局を設くる多きにより市街一般の音信甚た多數なるにも■(てへん+「勾」)らす頼信に多時を費すことはあらざるなり

且市民の電信料を拂ふことは恰も本邦人の五厘端書を用ふるが如き輕輕の看をなすものの如し」郵便函は毎町之を置かさる所なし又郵便脚夫の通行に托し或は函上に放置するも苟くも印紙を貼用する上は必らす無間違送達することとす

新聞紙の一般普及したるは驚くへきことにして今日に及んては人間衣食住に亞ぐへき必要品とはなれり故に馬夫輿丁も之を讀み炊婢幼僕も亦之を讀む其商業上要用に至りては開店開業物價の廣告は勿論雇人等のこと皆之にて辨すべし現にヘラルド新聞の如きは一日七八十万の紙數を出し千圓の純益ありと云ふに至る尚ほ簡單便利なるものは毎夕電報にして其日に報知し來たる重要事項を摘録し午後五時に發兌するものとす

紐育府は以て一個の人體に喩ふへし街衢徃來は恰も筋骨の如く瓦斯管、水道、暗渠は血脈の如く全體貫通聯接せさる所なし若し之を中斷二分すれば决して一方のみにて生活健全なること能はす」瓦斯燈は從來市街は勿論各店各戸之を引導點火せさるはなき有樣にて毎戸其使用の量を計る器械を備え毎月其量に依て費金を算出す近來電氣燈の盛んに行るるに及んては自然衰退に趣くへき筈なれども之が爲め却て貧家にまて引導することとなり猶ほ之を庖厨烹■(「者」の旧字体の下に「火」)に用ふるを以て其使用敢て■(にすい+「咸」)することなしと」飮料の水も瓦斯と同しく滿街毎戸之を引導せざるはなく庖厨厠邊は勿論三四層樓の上にありても自在に之を汲取るを得葢郭外にありて高き儲水壺を備へ之れに汲入れたるもの其源となるを以て高樓の上猶ほ水を上すことを得るものなり

市民工人拮据勉強すること六日間少しも己む時なく其繁忙實に極まれりと云ふべし日曜日に及んて衆皆安息するは獨り宗教信仰に由るのみならす職業休憩上よりするも亦必要のこととなれり此日或は家にありて談話讀書て樂とし或は寺院に詣で或は公園に〓歩して身體を保養す殊に下等社會に至りては飮酒賭奕に耽遊し甚しきは路上に醉臥するものあり市街酒店にて賣高の大なるは則ち日曜日なりと」時或は喧嘩爭鬪するものありと雖ども其家宅に於て不意に毆打し喧擾するは稀にして必らず戸外に出て上衣と帽とを脱し之れか凖備をなして始めて相鬪ふを常とす凡そ米國事物紀律あらさることなし而して喧嘩にも亦紀律あるは可笑ことなり」醉漢喧嘩巡査等の認むる所となれば必らず之を拘引す然れども巡査の人に接する下等社會と雖ども親密懇到友人の間柄の如しと巡査月給凡百弗にして格體健大事理を辨したる人物多しと云ふ      (未完)