「國立銀行の貸付法を論す」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「國立銀行の貸付法を論す」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

天外 迂史

我國國立銀行百五十有餘の多き中に就て昨年二銀行の閉店を見たり今年又二三の將に閉店せんとするものあるを聞く我輩は一は其銀行の爲に不幸を悲み一は國家の爲に後車の戒むべき實例を得たるを喜び合て今日不正危險なる銀行の寧ろ速に閉店せんことを希望するものあるなり

我輩は未だ昨年の閉店は其銀行の如何なる不正に原因したるやを詳かにせずと雖も盖大概に信用貸滯貸等に因ることならん我輩は實に今日を以て此原因を探究するの好時機となすなり言ふ迄もなきことながら元來銀行なる者は製造者ありて物品を製造し(若くは外品輸入商ありて物品を輸入し)之を問屋に賣り問屋は之を仲買に賣り仲買は之を小賣商に賣り小賣商は之を消費者に賣る其間目的とする所は消費者の嚢中に在れども初め其物品を製造するより消費者の手に落つる迄には凡そ五六ケ月を要するを以て(固より一概に言ふべからざれとも)此間製造者并に各商人其賣却の代金を受取るを得ざるときは製造者は更に物品を製造すること能はず、問屋は更に物品を仕入ること能はず、各商皆其業を中止せざるべからざるが故に歐米に於ては製造者は物品を問屋へ賣渡したるとき例へば六ケ月期限の問屋へ宛たる手形を振出し之を銀行に持參して割引を請ひ以て前借をなすなり其他問屋より仲買へ、仲買より小賣商へ賣渡したるときも亦同く買主へ宛たる手形を作り以て銀行の割引を請ふ而して終に小賣商より消費者へ賣渡し代金を受取りたるときは之を以て銀行より取付たる仲買商の手形を支拂ひ事全く終る(確實なる銀行にては其割引する手形は仲買へ宛たる迄に止め小賣商又は消費者へ宛たる手形等は割引せざるを以て規則とするものありと云ふ)斯くて製造者并各商人は間斷なく其業を營むことを得べく又銀行も活溌に其資本を運轉して確實なる利益を生するを得べく茲に初て貿易を媒介するの實効を奏するを得るなり乃ち銀行の物品己に成り賣買己に約したるの後にありて初て其用を見るべきものなりと知るべし固より銀行の業務迚割引のみに止まらず其〓預り金等の如き有益なる事業も少からず而かも割引の盛なるに及では亦隨て之に伴ふの弊なきに非らざれとも先づ銀行の業務にして最も國家を益し且最も確實なる利潤を得べきもの實に此割引の業にありと云はざるを得ず而して其他の業務の如きは唯此業ありて初て十分に其効あるべきものか否らざれば必ずしも銀行に於て之を營むを要せざるものなれば固より銀行の本業に非らざるのみならず或は盛に之を行ふときは大に國家に災すべきやも測り知るべからざるなり

抑も我國に國立銀行の初て興りたるは世人も己に知る如く寧ろ政治上の原因より政府之を提導したるものにして固より當時我國の貿易斯の如き大資本を要すべきにあらず又我國古來の商習斯の如き大資本を以て活溌に而かも確實に之を運用し得べきに非ず殊に當時身、銀行の業務に當るべき者と雖とも决して此業に熟練したるに非らざるに一朝政府の率先して銀行の設立を許すや利益の誘ふ所各地の士族忽ち之に趨き終に今日の如く百五十有餘の多きを見るに至れるなり盖し斯くの如く未熟不練の輩が莫大なる資本を有して而かも確實に之を運轉すべからざるの危地に臨み剩へ引續きたる紙幣下落の爲に利息頻に騰貴し株主の配當金の多きを求むる日に切なるを以て如何に政府の條例嚴密なるも又銀行局の注意行届かるるも銀行役員は只管决算上の多利を示さんと欲し一日も有金の其手に多からんことを恐れ縱ひ心窃に營業の確實を期するものにても抵當さへあれば貸付は確實なるものと心得殆ど貸先の身分職業を擇まず地所にても家屋にても之を抵當に取りて濫りに金を貸付くるに至れり何ぞ銀行の本旨に違ふの甚しきや又一方を顧みれば所謂投機商は此時を幸として漸次其手を擴め或は曾て此等の業に不案内なる者も此流行に誘はれて新たに手を出すに至りたれば遂に銀行者即ち投機商なりとの奇觀を呈し内外相連累して信用貸をのみ事とするものあり左なきだに物價乱高下の爲に各商正當なる商賣を〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓の〓路に迷ふの傾きあるに况して右の如き〓〓の〓〓〓加したることなれば商業上の道徳益頽〓し〓〓〓〓〓不信用に陷りたるは固より數種の源因あるにもせよ我國銀行貸付の方法最も與て力ありと云はざるを得ず殊に世間銀行の内情を聞くに最初の貸付多くは滯貸となり帳簿こそ彌縫の策を以て巧みに之を裝ふも其實は到底返濟の見込なき者其過半を占め又確實と思ひ居たる地所家屋等も實際案外の下等物にして之を賣らんとするも買手のなきに苦むものもありとかや氣の毒と云ふも亦憫むべき次第ならずや(茲に全國銀行の總貸付高及ひ返却金高等の總計を掲載せば讀者一層の明了を加ふべしと雖とも繁を恐れて之を畧す)

右の如く我國一般の銀行中縱ひ稍確實にして未だ甚だ其資本を■(にすい+「咸」)損せざるものも固より活溌に之を運轉したるものにあらざれば曾て大に我國の貿易を媒助したるの益を見ざるが上に多くは是れ不正不確にして今日資本の實額其呼額に稱はざるものに過ぎず而して唯國中投機商を増加したるの跡を見るのみ畢竟我國銀行者の未だ銀行の性質を解せざるに俄然莫大なる資本を以て眞實の賣買上より起らざる貸借を助けたるの致す所にして即ち銀行の眼目たる眞正の商人は爲に大なる便利を得すして却て銀行の營業上最も忌むべき投機商之を利用したるの結果と云はざるを得ず斯く云へばとて固より我國銀行の世上に及ぼしたる利益を説かんと欲せば又云ふへきもの少なからすと雖とも而かも此利益は則ち〓然の結果にして盖初より之を期したるものにあらざるべし結局我國の銀行は眞實の用を世上になすこと尚甚だ遠しと云ふべき歟

然れとも苟も我國の通用貨幣たるべ〓紙幣を發行するの國立銀行にして何時迄も斯かる不正危險なる位地に在らしむべきにあらざれば一日も早く之を改良し活溌にして確實なるものとなし眞正なる賣買を助くるの具となさんことを要するは勿論なり我國已に日本銀行の設立あり此等の事に盡力するは同銀行の責任なるべく政府も亦鋭意之を改良するに怠らざることならん而して其改良の方法たる固より一にして足らざるべしと雖とも我輩の所見にては先づ我國銀行貸付の仕組を改良するに如くなきを信す盖我輩試に銀行條例を按ずるに我國の國立銀行にて貸付をなす其抵當物は地所家屋を初め如何なる物品にても其種類を限らず唯地所家屋のみは流込の日より六ケ月間に之を賣却するを要するが如し元來地所家屋は間、流燒潰亡等人智の豫め測る可らざる原因より或は其全價を損し或は其大部分を失ふことあるのみならず其性質たる何時にても容易に之を賣却するを得ず縱ひ之を得るも徃徃幾分の損失なきを保すべからず其他地金〓公債證書の如く日日其相塲の立たざる等數種の故障ありて銀行の取扱に不適當なる者なれば之を抵當に取ること銀行の爲め甚だ宜しからざるが如し(我國の銀行に滯貸の多きも畢竟此不適當物を抵當に取るに因る)且眞實の商賣のみに從事するものは固より地所家屋等迄抵當に入れて借入金を爲の塲合なく獨り之をなすものは不正の業を營んで〓浮沈昇降するものなれば我政府は斷然今後銀行貸付抵當物の種類を限り夫の日本銀行と同樣地所家屋は一切之を許ささることに改正し在來の分も若干月間を限りて之を整理せしめば幾分か今後の弊害を豫防して我國の銀行を眞正の方向に誘ふの道に庶幾からんか或は一時爲に大なる不便を感するものもあらんと雖とも是等は皆從前の仕組に依り便利を受け來りたるものにして即ち投機商等の如き眞正の銀行に毫も縁なきものなれば固より敢て之を顧みるに足らざるなり今や己に爲換手形約束手形條例の發行ありて將に此両手形の通用漸く廣く、割引の業稍盛ならんとするの時なれば右の如き改正をなすも銀行資本の運用上別に大なる差閊もなかるべく今に當て此改正をなさされば右両手形の運用も或は益其期を遲くするやも計り知るべからず若又此改正の爲に銀行は其資本を運用するに苦むが如きことあれば其時こそ資本を■(にすい+「咸」)額するも可なり實は我輩は我國銀行の資本を現行の我貿易商賣に割合して寧ろ多きに過ぐるの觀をなすものなればなり

以上我輩の卑見を讀で是れ寧ろ餘り政府の干渉を欲するものにあらずや此抵當物云云の如きは盖之を顧みずして可なりとの議論あり我輩亦固より同説にして成るべく政府の干渉の避くべきを知るものなれとも知て而して尚ほ之を言ふものは近時各地諸銀行の内情を聞て心窃かに默するに忍びざるものあればなり讀者希くは諒せよ