「天下太平如何して得べきや 第四」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「天下太平如何して得べきや 第四」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

天下太平如何して得べきや 第四

政治の得失に就き人各所見を異にするは何れの國と雖とも免るべからず而して其所見の異同氷炭相反し此異同を一致するの必要ありと雖とも遂に之を一致するの望なきに至ては國家の美事と謂ふべからず英國の政治社會には「リベラル」黨あり「コンセルバチーブ」黨あり、両黨政治上の所見を同うせず「リベラル」黨の所見英國多數の所見と一致するときは其黨を以て内閣を組織す「コンセルバチーブ」黨も亦た然り故に此両黨は所見の輿論に恊ふと否とを以て互に政權を授受すと雖とも其所見の差異は間髮を容れず一旦英國の利害を撼すの大事あれば両黨力を合せて共に自國の利を護り亦其所見の小異同を問ふことなし英國の政黨の如きは全部の利害のために局部の利害を犧牲にするものと謂ふべし畢竟英國の政治社會は老少の政事家共に事を與にするの風ありて老政事家は其老を以て次第に退き少政事家は其虛を充たして次第に進み新陳の元素不知不識の際に相混和し深溝を作りて政事家の老少を限るが如きことなきが故に其所見に枝葉の異同こそ生すべけれ根本の異同を生するを得ず而して其異同を一致するも亦た聞て容易なり今や我邦の政治社會を見るに廟堂に立つものは大抵老政事家にして民間に在るものは大抵少政事家なり而して其關係如何を問へば互に相容れず互に相許さず其間將に一大深溝を作らんとする者の如く然り去迚は新陳の元素相通するの道を絶ちて一步は一步よりも離れ今後七八年の歲月を經過せば其所見の異同黑白審ならず、たとひ其異同を一致するの必要を感することあるも容易に相近くべからざるに至らん今日に及て將に深からんとする溝を埋め互に相通するの道を開かすんば他日噬臍の悔いを遺すこと昭として火を視るが如し我輩嘗て云へることあり政事家の所見黑白相反するの國は百年の長計を成すこと能はずと今若し官民相容れずして民間の政事家は在朝執政の罅隙を伺ひ其罅隙の多きを見て窃かに之を喜び區々の〓〓も之を指摘して餘力を遺さず在朝の執政も亦た其然るを察し民間政事家の論議と聞けば一切これを擯斥して一切これに從ふを屑とせず此順序を逐ふて後年に至り新陳更迭の日に際したらは新執政は前執政の遺躅を追ふを屑とせず彼れの過失を擧て以て已れの功名となし苟も前人の遺畧を守て之を成就するものなきに至る可し然るに百年の長計は一人を以て之を成就す可きものに非す蕭何の政は〓參ありて之を守ればこそ始めて其大成を期すべしと雖とも之を守らざるのみならず之を破るの人ありて其政を繼くときは蕭何再生すと雖とも其功を成すに由なからんのみ今夫れ一國の人民枝葉の政畧に關して其方向を異にするは尙可なりと雖とも根本の大計〓向て全く其所見を異にするは國家の美事にあらざるなり例へは一國の執政か外交の主義を進取と定め年を期して陸海の軍備を盛にせんと欲し先つ軍艦砲礮を製するに之を自國にて調度せんとし預め艦材を伐り、鐵鑛を採り準備畧成りて數年の後大に其目的を成就せんとする最中に民間の政事家は大に之を悅ばず薄弱の民力を竭して不急の兵備をなすべからず抔とて租稅の增加を見ては眉を顰め徵兵の嚴密を聞ては首を掉ひ他日新執政となりて政局に當るに際して前執政の計畧を顧みず外交は寧ろ退守を主とすへしと决することあらば半は既に成らんとしたる軍艦も俄に其製作を廢し鐵砲塲外雀羅を設くへきの悲願を呈し或は砲臺の修繕を怠り既に伐りたる艦材も、將に掘らんとする鑛坑も皆な中止の姿と爲りて幾百万の軍費は空しく水泡となり前執政が多年の苦心も亦た畫餅に屬すべし是れ獨り兵備に於てのみ然るにあらず其他の事業に至ても亦は皆な如此くならん特に殖產工業に就き前執政と新執政と全く其意見を異にすれば前執政は此業を奬勵したるに新執政は之を廢して其他の事業を保護し十年の經營、功一簣を欠くの事業は前後執政の所見を異にするがために其功を全ふする能はざらん老少の政事家相容〓て事を共に〓其政畧の一部には老氣を交へ他の一部には新政事家の意見を含蓄し老少相依て並立するにあらずんば一旦更迭を生ずるの際に蕭何相守るの美風を保つこと能はざるべし

立憲政体の國にては官民の政事家議院に出で共に一國の政治を論し其意見は議院の投票に由て用捨せらるるが故に當局の政事家とならざるも尙其意見を實行するの塲ありと雖とも我邦の如きは未だ一國の政法を議するの議院あらざるを以て民間の政事家は直接に政を論する能はず唯だ新聞紙或は演說を以て間接に其意見を陳ずるに過ぎず故にこの意見が今日の國政に波及する影響は英國其〓立憲政体の諸國にて官民の政事家共に議院に會し以て國政を議するものと相去ること甚だ遠し民間の意見當局の政畧に〓すること重からずして之を實行するの區域なきが故に當局の老政事家と民間の少政事家と議〓の上にて相〓〓するの機會なく今後七八年を經過して議院の中に相見るときは其初め毫厘の差にして共に相近くべかりしものも今は殆んど千里の異を生し極端と極端と〓觸れて殆んと氷炭の勢を成し氷は炭の熱に驚き炭は氷の冷に驚き互に驚き驚かれ双方〓相を失ふを其に事を爲すを絶念するの日なしと云ふべからず去迚は政權の授受も圓滑ならず既に深きの深溝は益其深きを加へこの深溝を隔て互に相睨み合ふの有樣となり國家の治安を維持すること甚だ難し今日に及んでこの治安を維持するの策を講せずんは〓日〓を〓むとも及ぶなけん然則ち其策何くにか出ん曰く難し、以むことなくんば官民調和乎