「支那人の朝鮮策略果して如何」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「支那人の朝鮮策略果して如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

支那人の朝鮮策略果して如何

朝鮮は東洋の一獨立國なり數百年來攘夷鎖國を國是とし他國と相徃來せざりしを以て世に此國あるを知る者少なく偶ま之を知る者あるも之に意を注く者とては絶てなかりしなり然るに明治九年我日本と條約締盟以來漸く其名を世間に知られ此禁制地に足を入れんと試むる者少なからず隣國支那を始め米英獨佛魯伊の諸國交る々々來て相徃來せんことを企て朝鮮全國の人民は昔日の如く睡眠の中に太平を夢ること能はず一國の内外舊を除き新に就くの事務に忙しく目下正に多事艱難の最中なりと云ふべし而して今より三五年若しくは六七年の後を期して朝鮮國の運命は如何に變すべきやは我輩の常に留心注目する所なりと雖とも此未來を照らすの秦鏡なきは我輩が遺憾措く能はざる所なり

支那は朝鮮との徃來最も古く數百年の昔より不充分ながらも時に相徃來するの道を絶たざりしを以て今日に當ては其舊好を口實として傲然宗國の名實を要求し動もすれば朝鮮爲中國所屬之邦と吹聽して其小弱を利せんとするの形跡なきにあらず昨年七月漢城の變に際し無法にも三千の大兵を派遣して韓京を據守し人民に號令し有罪を責罰し國王の生父を捕へて北京に拘致する等其所置の傍若無人にして世界の人言を憚らざる實に我輩傍觀者をして喫驚せしめ當局の朝鮮人民をして恐怖戰慄せしむるに餘りありたりき然るに支那人は朝鮮人に對して斯の如く威ありて猛き其傍に更に又親愛敎厚の意を示し五十万兩の金を貸し五金煤炭〓〓の業を助け自國の廷臣或は歐洲人を韓廷に奉仕せしめ韓兵訓練の勞を取り郵船徃復の費用を補助する等小弱を撫育するの意至らざる所なし其威雷〓の如く其恵春日の如し之を望て怖るべく之を仰て愛すべし支那人の朝鮮策畧は實に人をして感歎に堪ゑさらしむるものと云ふべし以上は朝鮮に對する支那策略の外面に〓はれたるものなり而して其内面に隱伏する其實の極意は果して何〓に在て存するものか我輩は之を知るに苦しむなり或は曰く支那は朝鮮を其版圖に併するの意あり其實は徒らに土地の廣大を誇らんがためにあらず天の與ふるを取らず此國を棄て顧みざることあれば他の貪婪なる暴國の爲めに併呑せられ支那中國は唇亡びて齒寒しの憂あるべしとて北京政府は專ら合併論を主張するなりと或は曰く支那は朝鮮を併するの意あるにあらず其實は歐米諸國就中日本を指して禍心を包藏する封豕長蛇と爲し早く之が防禦の策を施さされば朝鮮は折れて日本に入らん朝鮮一たび其守を失へば遼東は中國の有にあらず朝鮮に兵を假すは朝鮮のためにするにあらずして中國自からためにするの策なりとて力を專らにして朝鮮を保護し遺す所なきなり其狀恰も老虎一鼠を捕へて之を爪牙の間に弄するに等し之を一嚼して口腹の慾を充すの意なしと雖とも斷して之を人に與ふることを好まず强て之を奪はんとする者あれば結局老虎の怒に觸れて其身に禍するに過ざるべしと或は曰く今の淸朝愛親覺羅氏は滿州北境の一夷族のみ今を去る二百五十年明末積弱の餘に乘じ次第に支那を蠶食し遂に十八省を一統するに至りたれとも戰膝の〓弊壓制至らざる所なく政府樞要の地位は滿州人にあらざれば居ることを許さす全國衣冠の制を變して辮髮窄袖古人の所謂淸風一度過頭上、四百餘州瞿粟花たらしめたり中華の人民は聖人の子孫にして如何に温良恭儉讓唯命是從の民なりと雖とも滿淸二百五十年の專橫を見ては不滿の情其懷に徃來せざること能はず大風一たび起て雲飛〓し四百餘州の羶臭を一掃せんことを冀はざる者なし然るに淸朝二百五十年の餘〓綱紀漸く紊亂し號令國に洽き能はず咸豊年間長毛賊の乱の如き全國十八省の中十六省は賊の據る所となりたりと雖とも天命未だ愛親覺羅氏を去らざりしにや明人孝子の門に淸朝の忠臣を出し湖南の曾國藩湘勇を率ひて首として大義を唱へたるに續て同しく明人の孫子李鴻章左宗棠等の如きも宗國藩の指揮を受け粉骨碎身王事に鞅掌せしを以て滔天の賊焔も漸く鎮熄し遂に今日の如く姑息の太平を樂むことを得るに至りたり然るに社稷を既亡に救ひ狂瀾を既倒に廻らしたるの功勞も二百五十年前戰勝の門地に敵すること能はず李鴻章の如きは淸朝未曾有の特典を以て明人の子孫にして文華殿の大學士たる光榮を辱ふしたりと雖とも滿州人のために敬して地方に遠ざけられ内閣の機密に參することを得ず或は李鴻章と左宗棠が互に其功名の赫々たるを嫉むの私情あるを知り在朝の滿州人は故らに之を敎唆して私かに漁夫の利を占めんとし李鴻章天津に在れば左宗棠南京に在りて互に相牽制せしめんとせり是皆淸廷に於て明人の子孫の前朝に〓々として回復の志あるを知り勲功忠烈日月と其光を爭ふの士と雖とも飽まで其〓志あるを疑て油斷せざるなり而して此等忠義の徒も居常快々君側の姦を除き弊政を一新するの大志なきにあらずと雖とも各自の兵力充分ならずして未だ其志を達するの機會を得ず依て在廷滿州人等の海外の事情に疎きを利して東洋に一個の豺狼國を〓き出し日本は中國を覬ふの志あり彼れ小國なりと雖とも其民慓悍闘を好む近來泰西の兵制に倣ひ洋人を雇ひ器械を購し日夜汲々海陸軍備を治めて怠らず漸く既に得る所あるを以て大に用る所あらんと欲すれとも未だ其機會を得ず彼の臺灣琉球近くば朝鮮の所置の如き其志の在る所炳然火を視るが如しと宣言し自家大に日本を畏るるの体を裝ひて在廷の頑陋輩を恐赫し日本新軍艦を造作せり我亦新艦を購入せざるべからず日本新兵を募集せり我亦新兵を訓練せざるべからず日本新發明の砲銃を購入せり日本洋人を雇ひたり日本〓兵塲を新築せり日本新砲臺を築きたり日本々々の聲と共に自家配下の兵備を嚴にし用意既に整ふに至りて在朝鮮の屯兵をして聲を日本に聞かしめ此報の本國に達するや否果して然り日本大擧して朝鮮八道を席卷し將に遼東に及ばんとす防禦の策一瞬を〓像すべからずと云を蒼皇諸軍を催促し其都〓を定むるに及びて始めて明かに傳令して曰く敵は北京に在りと是即ち極意中の極意なり彼の日本畏るべしと云ふは其實封豕長蛇にあらざることを知るが故にして朝鮮は必爭の要地なりと云ふは其實雞肋たるを知るが故なり然りと雖とも一旦北京の敵を鏖殺せし後は更に其銳鋒を何處に轉するやは今日に於て豫想すべからざるなりと

以上の三說各皆一理あるに似たり然れとも我輩は輕卒に朝鮮策略に關し支那人の其意果して何處に在て存するかを斷言するを好まず他なし其言の當らざるあらんことを恐るるが故なり依て諸說を併記して讀者諸君の取捨に任ずること斯の如し