「伊藤参議の心中喜憂孰れか大なるや」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「伊藤参議の心中喜憂孰れか大なるや」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

伊藤参議の心中喜憂孰れか大なるや

久しく他郷に在りて再び故郷に歸る舊友親戚に接し相識の山水風月に對して別來の情を述るは人間の一快樂事とも稱すべく古來万〓詩人歌人が其趣を寫し出して人の感情を動かしたるは甚た普通の事にして貧富貴賤老若男女の別なく能く此樂みの興味を解せざるものはあらじ然れども故郷に歸り來りて再び舊友に遇ひたるの情は必ずしも樂みのみに限るべからず間ま或は喜びの中に悲みを交へ其憂の甚だしきに至りては折角の樂みも遂に其力を暢發すること能はずして止むことなきにあらず例へば片田舎に生立ちし少年が一旦志を立てゝ都會に遊學し五七年の勉強に學業大に上達し天晴れ一個の獨立男兒と成りて遥々故郷に歸り來り久方振りに父母親戚に對面し竹馬の朋友を訪ひて其機嫌よき顔を見るさへ喜ばしきに况して小妹は人に嫁して家政を司とる身と成り大兄は妻を迎へて一家を起し居るなど目出度き事の數多き中に仮令一二傷心の事あるも以て此喜樂を減するに足らず心中何となく愉快活潑にして恰も春の如き心地するなり然るに一兩日を經二三週間を過すに從て漸く故郷の我意に適せざる所あるを悟り曩きの愉快活潑も忽ち去て其跡を留めざること多し居村隣村家相接し父兄故舊人甚だ多しと雖ども不幸にして中に一人の活眼者を見ず思想の區域は一家衣食住居の事、親戚吉凶慶吊の徃來、又は春雨秋風山田一年の豊凶等の外に出でず人に新陳交代生死の變化こそあれ其全体の趣は今日も五七年前も或は十年二十年前も又恐らくは五六十年前の昔も寒來暑徃日月出沒の同一事を幾度となく輪回するのみにて一個の新面目を添えたるを見ず都會より歸村したる人と聞かば無事を祝ふ挨拶の次きには先づ都會の状況を尋子久しく遠國に在て見聞したる所を以てこれを當地の事に適用し一家一村の幸福繁榮を増すべき意見の有無を問ふなどの事こそあるべきに去る事とては〓末もなく却て唯歸來の人を捕へて留守中村内に發生したる幾多の針小件を棒大事に言倣して彼れ是れと報告し新田の權太が小悴も近來甚だわんぱく者になり餓鬼共を蒐り集めて麥畠の中で隱れん坊をするなど言語同断ゆえ此程引捕へて臀邊を叩き置きたれば必ず懲りたるに相違なし足下も大に安心なるべし又裏町の阿花坊も今年取りて十六歳なれば最早決して油斷はならず一昨日八幡宮祭禮の暁にも横町の八兵衛が息子と手を引合ひて歩いて居たと云ふことゆえ是れも間違の起らぬ前に何とか工夫をせずばなるまじ足下の意見は如何など面白さうに大切さうに自問自答して得意然たる者滔々皆然り偶ま此方より少しく談柄を居村外の事に〓し鉄道滊船の便、外國貿易の利、新聞紙の功能、政治法律等の性質より學問の必要なる理由等を説明し聊か當代都會に行はるゝ文明の何物たるを知らしめ自から振起するの緒を得せしめんとすれば彼等は馬耳東風のみ、時に或は調子を合せて唯々することあるも更に心頭に留むることなく説明少しく長きに亘れば忽ち倦て眠を思はざる者は甚た稀なり果ては新歸りの何某に面を合すれば必ず又例の文明の長談議を聽聞せしめらるべければ謹て彼の家を訪ふ勿れとて始めは疎遠の他人より終りは懇意の朋友親戚に至るまて來て此方を訪ふ者なく况して此方を推して村中の長者と尊敬せんなどゝは實に思ひも寄らざる望みにて狂人を以て目せられざれば大幸なりと云ふべき有様なり是がため學生の失望は日に益甚しく居常怏々として樂まず或は鬱散のためとて過度の酒色に身を失はざれば再び故郷を辭して自己の心身に適應する都會に來り永く墳墓の地と爲すを例とするなり

伊藤參議は過日歐洲より無事に歸朝したり參議が日本を辭したるは去年の三月なりし爾來一年半の長日月の間參議は世界各國を周遊して其人情風俗を視、其政体法〓を視、其海陸軍備を視、其農工商業の実况を視、其學問教育の有樣を見て而して後に今日に歸朝したるなれば去年以來參議の見聞は著しく其廣博を加へたるや疑を容れず殊に參議は其官職の重任に加ふるに其性得の才智を以てし兼子て愛國の精神に不足なきを以て其見聞し得たる所固より尋常一樣なるべからず抑も今の西洋は實に日々新たにして又刻々に新たなる文明國なり一年半の前後を取て其文明を比較すれば自から文明の中に在て疾行したる人と雖ども其進歩の大なるに驚愕すべし伊藤參議にして此文明競歩の中心に在て身躬から聞見する所ありたるからには其得る所の大小は固より問ふまでもあらず此事も故郷への好土産なり彼事も好土産なりと豪〓便々一年半の長旅の後目出度我日本に歸〓なりて偖て〓みて全國今月今日の現况を一見して何等の感情を催したるにや日々刻々新たにして又新たなる西洋の事情に引換へ明治十六年の日本は却て古に復せんとするの實蹟なきか親戚朋友は西洋土産の談を聞かんとはせずして却て留守中の大小事件の始末を告けて共に安心を促かすの意味なきか我輩は前節に記したる田舎學生の實驗を思ひ出てゝ參議の地位正に斯の如しと云うには万々あらずと雖ども諺に所謂知字は憂患の始にして新知識は新憂患を求むるの方便たるに過きざるものと知るが故に同情相憐むの心參議の心中如何を察して窺かに疑懼する所なきを得ず我輩は伊藤參議に面して其心の果して樂しむや憂るやを聞かまほしく思ふなり