「米國の義聲天下に振ふ」

last updated: 2019-09-08

このページについて

時事新報に掲載された「米國の義聲天下に振ふ」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

朝鮮は東洋の一獨立國なり之を獨立視して差支なきが故に明治九年の日韓條約にも亦之を獨立國と見做したるなり當時支那は此條約を聞見したることならんと雖ども敢て公然たる故障も容れさりしは是亦朝鮮の獨立を黙許したるが故なるべし然るに支那は客歳七月の事變に乗し突然として朝鮮に迫り詐術を挾て國王の生父を以し去り其所行殆んど海賊の如く然り又朝鮮爲中國所属之邦と主張し故なく兵を内地に派遣し甚しきは内政を指圖する等傍若無人の振舞をなして延引ながらも其属邦論を實にせんとせし者の如し是に於て天下始めて朝鮮の獨立を疑ひ是より先き英獨二國は朝鮮と修好の條約を結はんとしたるに支那が属邦論を主張するを聞き小首を傾けて逡巡し危邦には交らすとて暫時其條約を見合せたり七年以前日本が朝鮮を獨立視したるにも拘はらず支那の擧動を傍觀したる外國人等は其疑〓を釋くに苦み朝鮮の獨立は風前の燈に異ならざりしが米國は流石義侠の國だけありて何かは以て猶豫すべき各位先つ待たれよと言はぬ許りにて其間に現はれ朝鮮に向て修好通商の條約を結び首尾よく之を批准して其獨立國たることを認めたり特に本年五月には朝鮮駐箚米國公使として將軍フート氏を京城へ派遣し去八月には朝鮮政府より欽差大臣閔氏以下を華盛頓府へ差送り應酬贈答の交誼毫も獨立國たるに愧ちす且つ米國が我邦の開國を促すに當りて其使節たる「タヲンセント、ハリス」氏は初め領事にして後に辧理公使の印綬を帯ひたりしが此度米國より朝鮮へ派遣したる使臣は領事にあらず又辧理公使にあらず嚴然たる米國特派全權公使フート將軍なり是に由て察するに昨年以來米國が朝鮮に對するの擧動は各國の面前にて故らに挑戦を厚遇し支那の属邦論を破て其獨立國たることを天下に表白せんと欲するに出てたることならん盖し一國を危窮に救ふて其獨立を保たしむるは天晴れ義侠の振舞にして其恩を蒙りたるものは固より我をコすと可しと雖ども其獨立を喜はざる各國は寧ろ我を敵とするの意味あるを免れず要するに一國の獨立を保たしむるの名譽は其獨立を認めざる者を敵とするの危險を以て買ふものなるが故に尋常容易の事を以て之を視る可らざるなり事少しく陳套に属するの嫌あれども爰に其一証を擧けんに米國獨立の際先つ使節を佛國へ遣はし修好助援の事を同國政府へ申納れたるに佛國は世界に先て其獨立を承認し直に之を助援したり是に於て天下皆其義擧を稱し米國をして九鼎大呂よりも重からしめたるは佛國の力なりと評判したり顧ふに佛國が米國の獨立を承認したる際には之を承認すると同時に英國を始め未た其獨立を認めざる者を敵とするの決心ありしことならん此決心たる實に貴重にして米國に九鼎大呂の重を加へたるも唯この決心の價なりと云ふて可なり今日の米國が朝鮮の獨立を保たしめたると昔年は佛國が米國の獨立を認めたるとは事態稍具趣を異にすと雖ども共に其獨立を承認したる以上は又共に其獨立を認めざる者を敵とするの決心ありしことならん而て其決心に至ては毫も軒輊ある可らず、されば昨年以來米國の擧動は支那を始め未た朝鮮の獨立を認めざる者を敵とするの決心に出て虎穴に入て遺兒を救はんとするの類なりと雖ども今日に至ては既に之も救ひ得たり其功其勞、口以て之を稱する能はざるなり然りと雖ども米國が此功勞を服して敢て辞せざる所以のものは其功勞を香餌として朝鮮の甘心を釣り今後の通商上に巨利を獲んとするの意に非ず〓爾たる朝鮮の商利の如き米國より之を視れば宴に是れ太牢中の野羹のみ固より其箸を下すに足らず故に米人の胸中には我々は既に日本を開きたり今日又朝鮮を開くときは其義聲〓振ふならんとの想像を〓き其眼光の注く所は一片の名譽に過ぎざる可し我輩今の各國交際を見るに熱〓寒〓、利に由て去就し莫逆の友邦、一朝にて不倶戴天の敵國となるもの〓〓〓是なり〓か〓らん西大陸にこの大丈夫國あらんとは我輩は米國が〓義侠の心を以て朝鮮の獨立を將倒に支へたることを偉なりとし朝鮮をして九鼎大呂よりも重からしめたる米國の力居多なりと聲言するを憚らざるものなり