「呉服物は日本製に限ることを得る歟」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「呉服物は日本製に限ることを得る歟」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

呉服物は日本製に限ることを得る歟

一書呈上仕候近頃全國中商賣不景氣物價大下落の儀は實に近年未聞の大事件に御座候處取り分け小生とも呉服太物屋の取扱ひ候品々は何品に限らず外の品物に比類なき大下落のやう慾目からかは不存候へども右樣に相考へ申候先日貴社新報にて日本生糸下落のこと御痛論被成委細拝讀實に御同感の至に御座候然るに生糸の下落は貴説の通り近來大下落に相違も無之候へども爰に一種不思議の事相と申すは右の生糸を以て織上げ候呉服物類の下落が生糸下落の割合を超えて無茶苦茶の勘定に相成居る事に御坐候御承知の如く生糸の下落甚だしといへども上等物なれば目下の相塲百斤に付五百弗内外なり然るに此糸にて織り上げたる内〓用諸織物の相塲を見るに其下落日々に甚しく其一反又は一匹中に含み居る糸を生糸の儘に橫濱にて賣拂へば五〓の價あるものがこれを〓めこれを織り勞力を〓〓とを〓けて製し〓〓〓〓〓反物と〓〓〓〓がために三〓〓〓せは賣れぬ〓〓〓〓の〓〓と相成〓實に此上なき〓〓〓〓〓すべし〓〓〓〓〓〓〓なりし〓〓申すに全國商况不景氣のため絹布と〓用するの人〓に减じ呉服屋は仕入れ品の不捌に困み織屋は持品の嵩むに困み暫時はあれこれと工風して一時凌きの策略も廻らし見たれども長引く不景氣に到底辛抱なり兼ね織屋は職人に暇を出し機を片付け持品を投け賣りして首尾よく身代限の後は呉服屋も亦籠城覺束なく品物仕入値段も金利も〓みるに〓あら〓吾れ一と大安賣をはじめ遂には小賣店にて三圓の反物を買ふ客人には花色絹一反景物として進上する者さへあるに至りたり斯る有樣にして呉服商賣の永續すべきどうりはなきゆゑ早晩風も吹替はり呉服物の直段も原質の生糸の代價に染代織代金利等を加へたる相當の相塲に復すべきや疑を容れざることなりといへども小生の恐るゝ所は此回復の時節甚だ遅く到來して今の不幸を救い得ざるのみならず永く後害を遺すことなきや甚だ疑はしき一事なり

當時の如き呉服物の相塲にては仮令買人はあるとも又呉服屋が跡を仕入れんとするとも肝心の織屋が一切品物を仕込まざるゆゑ此儘に押して往けば何時か一度は呉服物一切品切れの時節到來すべきや甚だ明白なり〓此時に到り紋付が欲しくても縮緬がなく縮緬は詮索し得たれども裏に付くる〓紅がなく扨て困るといふ折には十月の竹の子雪中の茄子の格にても呉服一切價の騰貴するは當然の事なり其騰貴たるや今日の下落の裏戻しにして滅法界の騰貴なるべきや是亦甚だ明白なり斯る時世となれば前年職人に暇を出し機を片付け涙ながらに身代限と爲したる人々も再び織屋商賣を思立ち需用に應して縮緬〓紅の供給を爲さんと奮發するに相違なかるべしといへども如何せん一度中絶せし織屋を再び起さんとするは中々容易の事にあらず仮令資金の工面は出來ても元の織屋の有樣に立返るは咄嗟に辨すべき仕事にあらず斯る困難騒動の際に當り射利に巧なる英國又は佛國の商人が日本向きの呉服類を製造して橫濱に輸入することありとせんか現に日本製の縮緬は價高く舶來の縮緬は廉價なりとするときは人情舶來の縮緬を使用して又日本製を顧みる者なかるべし此際日本の織屋と英佛の織屋と競争して英佛織屋の不利は日本まで積來る船賃と橫濱陸揚の時の輸入税となり然れども米か麥か石炭の類の荒物なれば運賃の〓合甚だ高くして恐るべしといへども絹織物の如き嵩の小さくして價の大なる品にては運賃は其賣價の一細小部分たるに過きず五千里外の英佛〓〓より積來みたるものなりとて別に著しく價の增す程の〓〓はなかるべし又日本の輸入〓〓〓價百分の五の〓〓〓〓〓十〓〓〓〓〓〓〓五十〓〓價に上るまでな〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓るべしこれに反して〓〓〓〓の〓と〓〓〓〓〓〓〓〓々にて金利の安きは日本の三分一にして機械の〓〓技術の精巧は日本に〓倍せり此の〓利を有して日本向きの呉服物を製し若し英佛人の手限りにて不安心なれば桐生足利西陣〓の日本職人を安給料にて大勢雇入れ大に此業に從事せんには其成功手を覆すより容易なるべし人或は曰く英佛の織屋が日本の織屋と競争して十分勝利あるべきこと果して足下の説の如くならば後日を待つに及はず何故今月今日より競争せざるやと小生これに答へて是は今日まで未だ其機會を得ざりしゆゑなり兎角新規の事を始むるには其機會を待たざるべからす一旦機會を得て其事の始まりし以上は忽ち其根底を固くして容易に枯槁せざるものなり一例を申せば日本より支那に輸出する乾魚類は種々あれども日本にて正月の祝ひなどに用る彼のゴマメと申すものは從來絶て支那に持行きたることなかりし然るに今より七八年前支那に饑饉のありたる年或る商人の思付にて饑饉年には食物に限るとて試にゴマメを上海に輸送したりしに忽ちに賣切れたるが手始めとなり爾後年々輸送して今日は一廉の貿易品となるに至りたり依て此例の如く今日の不景氣の結果として一旦呉服物品切れの時節到來せば此機會に乗して英佛製の縮緬〓紅の輸入始まり兩三年の後は一廉の貿易品となるやも測り難きなり人又曰く織物には時の流行あり縦じまが流行し横じまが流行し茶色が行はれ鼠色が行はるゝ等時々の變化實に窮極あるなし英佛の織屋にして東京の流行を考へ時好に投ずる織物を製出するなとは日本の織屋と競争して勝利甚だ覺束なしと小生又これに答へて英佛の織屋が東京の流行を追ふことは左程難事にあらざるべし其證據は現在の縮緬呉呂に友仙染の新形あるを見て知るべし或は一歩を譲り流行を讓り流行を追ふこと難しとせんか流行に關せさる無地の織物を製したらば如何白縮緬や裏〓紅に別段時の流行はなかるへし

以上小生の考に依れは今回の不景氣は英佛人が日本織屋の業を奪ふ好機會なりと存じこれを防ぐの方法を工風して其方法を得ず彼是取越苦勞の餘り一と通り其次第を記して貴社に寄送致候江湖の諸君子此儀御教示被下候へば幸甚の至に存〓〓〓

明治十六年十二月日呉服商某

時事新報編輯人先生机下