「雑婚論」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「雑婚論」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

雑婚論

宇宙は戰塲なり其中に生息する有機物は常に生存を競爭して其攻防を止むることなし尚言葉を密にすれば此有機物は恰かも一體を兩斷して一方にては自から防き一方にては他を攻むるものと云ふ可し植物が其生長を保つには寒熱風雨燥濕等其他不時の變を防き其侵冒に耐えざる可らず又同種異種の植物が漸く侵蝕を逞うせんとすれば之に應じて互に榮液を爭ひ多量に之を吸■(しょうへん+「又」)するものは永く其長育を保つことを得ん動物も亦然り風雨寒暑等其他天然の攻撃に耐ゆ可きは勿論、同種異種の動物と常に相競爭せざれば其生存を保つこと能はざるが故に如何なる動物にても多少攻防の働を具へ強者の喙食を免れて更に弱者を襲撃し寸時も其攻防を止むることなし動植物世界は生存競爭の戰塲たること果して誣言に非ざるなり人類世界も亦固より此競爭なきに非ず而して其競爭の趣は種々樣々ならんと雖とも要するに優勝劣敗を免るる能はざるが故に心身の働活溌ならざるものは他に對して忽ち劣等の地位に下り優等人種と共に其鋒を爭ふ能はずして遂に此競爭塲外に淘汰し去られ漸く絶滅して其子遺を留めざるに至らん今其例證を見んとならば試に亞米利加土人を視よ「コロンビユス」が亞米利加■(てへん+「檢」の右側」出の頃までは同種族を以て西大陸を蔽ひ沃饒の塲所を占有して天惠地福を享けたりと雖とも白皙人種の移住してよりは次第に其蠶食する所と爲り彼れ寸進すれば我れ尺退し歩々内地に驅逐せられて漸く僻遠の地に逃避し耕作に從事せんと欲するか、沃土なきを奈何せん、交易を營まんと欲するか、産物なきを奈何せん、山空うして禽獸少く天寒うして衣食乏し飢兒病妻前に在りて白人の來侵朝夕を測らず親戚朋友半は離散し故舊亦概ね黄土に歸し四顧荒凉鷄犬寥然たる其有樣は之を目撃する族人をして無限の感慨を起さしむ可しと雖とも爰に少しく人情を離れて宇宙自然の大勢を觀察すれば亞米利加土人の漸く絶滅に歸するが如きも所謂優存劣滅の作用にして之を奈何ともする能はず或は千百年の利害より考ふれば斯かる劣種の一日も速く殲滅するは世界の文明の爲めに祝す可きことならんかも知る可らざるのみ

然りと雖とも優存劣滅は宇宙自然の趣向にして獨り白、赤兩人種間のみに行はるるものに非ず天道親なし、唯優者に與みす黄、黒、赤、白の區別なく苟も心身劣等にして他と相對して生存を競爭するの力なきものは亞米利加土人と其命運を同うするや必せり劣種滅して優種存し黄なり白なり最も文明に適したるもの獨り其子孫を蕃殖して遂には世界中一人種に歸するの日あるも亦疑を容れず試に看よ現今世界にて最も文明に適したるものを擧くれば先つ指を白皙人種に屈し次に黄色人種褐色并ひに黒色人種に及ぶことならん而して其人口の多寡に至ても白、黄、褐、黒順次其數を減して彼の亞米利加土人即ち赤人種に至ては其全數殆んと一千万の上に出つること能はざるなり今白耳義國の學者「アレキシース」氏の調査に據れば世界各人種の人口は左の如し

  人種     人口

 白皙人種    四四〇、〇〇〇、〇〇〇

 黄色人種    四三〇、〇〇〇、〇〇〇

 褐色人種    二五〇、〇〇〇、〇〇〇

 黒色人種     七〇、〇〇〇、〇〇〇

 赤色人種     一〇、〇〇〇、〇〇〇

 雑種       二〇、〇〇〇、〇〇〇

  合計   一、二二〇、〇〇〇、〇〇〇

右の一表は千八百七十四年の出版にして今を去る十年前の調査なれば此十年間には各人種の人口にも亦互に増減ありしこと疑なし我輩未た精密なる調査を得ざるが故に其増減の割合如何を確知するに由なしと雖とも蓋し其優等人種の數の増加したる程に一方に在て劣等人種の數を減損したることならん優存劣滅の作用は明暗陰顕斯く其働を逞うして寸時も間斷ある可らず吾人も斯かる修羅塲中に生れたるからには勝敗存亡の責は皆な其頭上に來るものなりと覺悟す可きなり                 (以下次號)