「證券印税規則の改正」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「證券印税規則の改正」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

證券印税規則の改正

我政府は本月一日第十一號を以て明治七年七月第八十一號布告證券印税規則を改正し本年七月一日より新規則施行の旨を布告したり我輩先つ新舊両規則を比較して今回改正の主意を臆測するに其目的減税に在るか將た増税に在るか未た遽かに斷言すべからず何となれば證券印税規則範圍内の諸證書帳簿類の新舊税率を比較するに或は舊に重くして新に輕きあり或は新に重くして舊に輕きあり新舊輕重相錯雑して斷然たる相違を見ること難ければなり例へば「當坐預り金引出小切手」の舊法に於て一錢の印税なりしものが新法に於て五厘に減したるは減税の傾きあるが如しと雖とも「雇人請令状」の舊法に於て三厘五厘乃至七厘の界紙を用ひて濟みたるものが新法に於て一錢の印紙を貼用することと改まりたるが如き又「金高記載なき約定證文」の舊法に於て界紙を用ひて濟みたるものが新法に於て一錢の印紙を貼用することと改まりたるが如き又「營業に關する請取書」の舊法に於て金高十圓以上に限りて一錢の印紙を貼用することを要し十圓未滿のものは印紙界紙を用るに及ばず全く無税なりしものが新法に於て金高五圓以上は総て一錢の印紙貼用を要することとなりしを見れば或は増税の傾きあるが如く然り而して又「爲換手形」「荷爲換手形」の舊法に於て金高五十圓未滿は無税なりしもの新法に於て五十圓未滿印税一錢と改まりたるは増税の傾きあるが如しと雖とも舊法に於て金高五十圓以上毎五十圓に一錢つつ印税を増加して際限なかりしものを新法に於て二千圓を超過する金高なれば何程の高にても五十錢の印税と改めたるは減税の傾きあるが如く又「金錢借用證文」「地所家屋賣買證文」類の舊法に於て金高十圓未滿のものは界紙を用ひて濟みたるもの新法に於て金高一圓以上は印税一錢と改まりたるは増税の傾きあるが如しと雖とも舊法に於て十圓以上毎十圓に一錢つつ印税を増加し際限なかりしものを新法に於て四千圓以上は何程の金高にても印税一圓と限りたるは減税の傾きあるが如く又「諸物品切手」の舊法に於て酒切手は一升未滿食物切手又は米油醤油類の切手は金高二十五錢未滿のものに限り無税なりしに新法に於て一升未滿二十五錢未滿のものと雖とも総て印紙一錢と改まりたるは増税の傾きあるが如しと雖とも舊法に於て切手面の升目金高の増加するに從て次第に印税を増加し際限なかりしものを新法に於て金高の多少に拘はらず総て一錢の印税と改めたるは減税の傾きあるが如きの類枚擧に遑あらず依て新舊両法詳細の比較の如きは讀者自から法文を熟讀して其相違する所を知るに讓りて我輩故らに茲に掲記するの勞を取らざるべし

前段に概記する如く今回の證券印税規則改正は各項に就き一々其變化を■(てへん+「檢」の右側)すれば或は増税もあり或は減税もありて概して其増減を明言すること難しと雖とも規則全面に就て觀察を下すときは金高の大なる證書類には著しく印税の輕減を見ると同時に其小なるものには又著しく増加を見るが如し「金高記載なき約定證文」の界紙を改めて一錢の印税と爲し「金錢借用證文」「地所家屋賣買證文」類の金高十圓未滿に界紙を用ひたるを改めて金高一圓以上二十圓未滿なれば一錢の印税と爲し「營業に關する請取書」の金高十圓未滿のものは無税なりしを改めて金高五圓以上なれば一錢の印税と爲したるが如きは其著しきものなるべし而して金高の少なき賣買約定等は世間に其塲合甚た多く金高の甚た大なるものに比して其數幾倍なるべきや論を俟たざるが故に大体の■(しょうへん+「又」)入上より論するときは今回の改正或は其得る所を以て其失ふ所を償て餘りある計算もあらんかと推察せらるるなり故に人々の見込に由りては今回の改正を見て減税の目的に出るなりと言ふ者もあらんかなれとも強ひて我輩の説を問ふ者あらば我輩は此改正の爲めに歳計■(しょうへん+「又」)入の減少あらんと言はんより寧ろ増加あらんと言はんことを欲するなり

我輩は又今回の改正規則を見て現行の規則に比すれば頗る簡單明白にして紛擾雑駁ならざるを喜ぶなり殊に證券印税の如き人民日常の事務に近密の關係あるものは別して簡明にして迷惑の憂なきを要すればなり然るに我輩は今回の改正に際して一の願望あり夫は他にあらず郵便切手を以て證券印紙に代用し苦しからずと爲ること是なり郵便切手は一家必需の日用品にして農工商士其産業の何たるを問はず常にこれを坐右に用意し置かざる者なし然れとも證券印紙に至りては其用稍や遠きを以て毎家必ずしも常に用意し置くものにあらず然るに今回の改正に由りて來る七月一日以後は金高五圓の請取書にも一錢の印紙を要し金高一圓の證文にも一錢の印紙を要する樣のことなれば何人を論せず日常證券印紙入用の塲合は必ず大に増加すべきこと疑を容れず此時に當り一々證券印紙の用意なくとも坐右に有合はせの郵便切手を代用して事足るときは其便利實に言ふべからざるものあらん郵便切手なり證券印紙なり其發賣元は同一の政府なるが故に彼れに減する所を以て此に増し實際の■(しょうへん+「又」)入上に於てさへ變化なき以上は切手の流行するも印紙の流行するも此問に喜憂を挾むの要なかるべしと信するなり郵便切手代用の簡便法は英國政府既にこれを實施して其便を知れり我々日本國民も速にこれに倣はんこと我輩の切望する所なり