「朝鮮人は英韓條約を何と心得るや」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「朝鮮人は英韓條約を何と心得るや」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

朝鮮人は英韓條約を何と心得るや

去年十一月朝鮮漢城に於て英韓兩國大臣パークス閔泳穆兩氏の間に恊議决定したる新條約は本年四月廿八日を以て再び漢城に於て其批准を交渉し同日直ちに此新約の執行を始めたり此條約并に隋〓規則等の全文は過日來の時事新報に連日登載して既に讀者諸君の一覽を煩はしたれば又爰に一々するの要なかるべし我輩は唯試に朝鮮國民の地位に立て此條約の大體上の利害如何を考察するに寧ろ憂ふべき者多くして喜ぶべきもの少なきの感を免かれざるが如く然り

英韓條約の第三條第一■(「疑」の左側+「欠」)より第十■(「疑」の左側+「欠」)に至るまでは朝鮮國に在る英國人の治外法權を確定したるものにして其字句意義の周到精密なる日本支那に現行する曖昧簡略なる文字の比にあらず盖し日本に行はるる治外法權の實况は眞に驚くべき有樣のものにして道理上にも實際上にも斯る恠事の人間に存在し得べきものとも思はれず而して此恠事の由て來る所の條約面に就て果して斯る約束の有るや否やを■(てへん+「檢」の右側)するに决して其痕跡だも見出すこと能はず然らば何が故に斯る法外なる有樣の今日に存在するやと問ふに唯三十年來の慣行知らず識らずの際に動かす可らざるの先例を成しこれを解釋して治外法權と唱へ治外法權を解釋して今日の實况即ち其實例なりと云ふを得るに至りたるなり然るに不幸にして今回の英韓條約は治外法權の弊害正に其極度に達したるの日に成りたるが故に治外法權を享有する客人の方に於ては豫め大に戒むる所ありて决して此約束を曖昧の中に存せず力の及ぶ限り十分に其區域を擴めて一々これを明記し他日主人自から約束の不利なるを知覺してこれを爭はんとするも一々條約面上に大書したる盟約にしてこれを渝ふるの口實なからしめんとする其用意の周到なること實に驚くに堪えたり盖し三十年東洋交際の知識經歴より得たる所の結果にしてこれを望む客人は左もあるべきもこれを與ふる主人の量見は何の邊に存するかを見出すに苦しむなり此新條約第三條中最も我輩の注意を喚びたるものは其第八■(「疑」の左側+「欠」)に朝鮮の法廷又は在韓の英國法廷にて審問する民刑一切の訴訟には英國又は朝鮮の官吏其裁判に立會ひ時宜によりては證人を喚出しこれに質問するのみならず審問の手續き并に判决に關し異議を容るることを得とあるの一事なり其字句上には公然一切の訴訟を英韓立會裁判の下に置くべしと記すことなしと雖も其實際の効力は立會裁判の法を定めたるものと寸分の相違なし而して其結果は立會裁判よりも尚ほ一層の不都合あらんと信ずるなり何となれば立會裁判の法に從へば衆判事の意見を聽き善かれ惡しかれ多數説に從て判决するの工風もあるべけれとも單に審判の席に立會ひ其判决に異議を容るることを許すと云ふのみにては英國判事の一言にて勝手に重要の裁判を差止め其執行を許さざるの工風もあるべければなり此樣の塲合に臨みては強者の意即ち法律たること世界古今の先例に於て明白なるが故に結局の處は朝鮮の法廷なり英國の法廷なり唯英國判事の意見のみ最終の判决を與ふべきものとの慣例を成すことならん恐れざるべからず戒めざるべからず朝鮮の吏人等如何に外交に不案内なれはとて一葦帶水の隣國には鑑すべき先例多々にして一見以て利害の在る所を知ること容易なるに輕卒にも斯る約束を承諾して自から其手足を束縛す實に痛歎の至なりと云ふべし其九■(「疑」の左側+「欠」)に朝鮮の犯罪人にして逃れて英船又は英人の家屋に潛伏することあるも朝鮮官吏は自から手を下してこれを捕ふることを得ずとあるが如き固より不都合の至りなりと雖もこれを前項の不都合に比すれば寧ろ云ふに足らざる小事なるべし

條約第四條第三■(「疑」の左側+「欠」)外國人居留地を作るの法を見るに先づ朝鮮政府に於て居留地と定まりたる塲所の土地家屋を買上げ道路を敷き溝を通する等諸事整頓の後にこれを外國人に賣渡し此代金の中より前の開拓費を引去り殘額は居留外國人の共有金として會議所に渡すべし又爾後年々居留地より取立てたる税金の中より何程か一定の金額を取り地租としてこれを朝鮮政府に納め殘額は共有金として會議所の使用に屬すべしとの事にて會議所の仕組は追って内外官吏の恊議を以て取極むべしとあり此法に依れば朝鮮政府は些少の年金を受取りて外國人に居留地を賣渡したるものにして此後國内に地租の増■(にすい+「咸」)あるも居留地丈けは今日の儘にして何樣の改革をも加へ得ざることならん

次の同條第四■(「疑」の左側+「欠」)に英國人は居留地外十里以内の塲所に於て土地家屋を買入れ又は借受ること勝手なり■(にんべん+「且」)し居留地外の土地を所有するときは此土地は朝鮮の地方規則を遵奉し朝鮮官吏の賦課する地租を納むべしとあり居留地外なれば規則に從ひ地租を納むべしと故らに明記したる主意を察するに居留地内なれば一切此等の義務なしと云ふの意なること明白なり加之國法は地方規則のみに限るべからず租税は地租のみに限るべからず地租を拂ひ地方規則に從ふのみにては國民の義務を了したりと云ふべからず仮に朝鮮に證印税規則あり造酒税規則ありとせんに居留地住居の英國人は勿論居留地外十里四方に住居する英國人に至るまでも土地家屋を賣買するに其證書には印紙貼用に及ばず酒を造るに酒藏の敷地に當る數十坪の地租丈けを拂ふのみにて一石韓錢何貫文の造酒税は一切拂ふに及ばずと云ふに於ては朝鮮國の財政は如何にして立行くべきや思はざるべからず

條約第四條第六■(「疑」の左側+「欠」)に英國人は英國領事の發する旅行免状を所持して貿易其他の用事のため朝鮮内地に入込むことを得とあり次の第七■(「疑」の左側+「欠」)に在韓の英國人は英韓両國官吏の恊議に成りたる朝鮮國の安寧秩序を保ち善良の政治を施すに必要なる地方規則警察規則等に服從すべしとあり在韓の英人にして治安に必要の諸規則に服從するは甚た善しと雖も此諸規則は必ず英國官吏と朝鮮官吏との恊議に成りたるものに限ると定めたるは甚だ不都合なり取りも直さず英國の官吏に朝鮮の立法權を讓與したるものにして其弊害の及ぶ所は何れの邊にまで達すべきや知るべからず朝鮮國人にして苟くも其國を保存するの志あらんか此讓與は决して此志と併行し得るものにあらざるなり既に裁判權を讓り又立法權を與ふ朝鮮國の獨立は四月廿八日を以て終りたりと云はんも一概に其實を失ふの言にあらざるべし此等の條項を讀みて我輩竊かに一個の疑惑を起したるは今や我日本も正に條約改正談の最中なり此際若し英國人の意中に領事の發する旅行免状を所持して貿易のため日本内地に入込むことを許すべし左すれは在日本の英國人は英國官吏と日本官吏との恊議に成りたる地方規則警察規則等に服從すべしなど云ふ如き考を懷きて我々日本國人の正當なる要求に〓せんと企る樣の事ありては迚も談判の完結すべき期なからんかと憂慮せらるるなり正さか斯る奇恠の事はあるまじけれとも朝鮮に對するの新筆法决して一概に新奇ならず敢て油斷はならざるなり

次に附約第一■(「疑」の左側+「欠」)に在韓英國人の治外法權を撤去するは英國政府の判定に於て朝鮮の法律英國人に及びて差支なしと認めたる時にあるべしとあり此一句は法權撤去の疑問に關し實に此上もなき明白の約束と云ふべし世界萬國英人を除くの外は他人の目前に在て能く斯る斷然たる約束を爲し得るものなし英人の豪膽實に驚くべきなり

今や朝鮮國人は斯る條約に由りて英國人の入國を許したり歳月の間には必ず多少の不都合を感すること疑ならかん日本の英國條約尚ほ且つ今日の困難に陷りたり况や此朝鮮の英國條約をや古人曰く衆人相集まりて猛虎の害を話す座中色を變して股栗する者は必ず其身躬かに嘗〓猛虎に遇ひし人なりと我輩は嘗て治外法權の猛虎に遇ひし人なり今日現に其吼る聲を聞き其光る眼を見つつある人なり今又朝鮮の條約を見て悚然として毛髮の竪つを覺えず當局の朝鮮國人は其感覺果して我輩傍觀者の切なるに及ぶや及ばざるや