「小學生徒をして英語を學ばしむべし」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「小學生徒をして英語を學ばしむべし」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

小學生徒をして英語を學ばしむべし

外國人が我條約改正に異存を抱き治外法權を癈止せんとして尚聊か未練の心あり躊躇〓巡遂に今日に至るまで断然たる返答なきは其口實にこそ日本の法律尚不完全なり日本の法官尚不熟練なりなど云うなれども其奥底の趣意は必ずしも一二の規則條例を爭うにあらず又必ずしも法官の履歴の長短を是非するにあらず唯廣く朝野上下全國一般社會の有様を見渡して尚未だ其心に〓きたらざる所あるが故ならんのみこれを一口に申せば日本人と外國人との交際尚未だ甚だ親密ならざる所あり情實尚未だ互いに相通せざる所あり〓もすれば互いに相異卿人説し異類人視する弊習あるが故ならんのみ

抑も我日本は東洋絶海の一孤〓開國以來數千百年間嘗て他國の人と親密なる交際を爲したることなく自國の事の外は唯〓かに支那の書籍を讀みて其國古代の有様を想像する位に過ぎず深く洞門を鎮して桃源の小天地を〓臥し絶て門外の事を知る者なかりし然るに今より三十年前一朝忽ち米國人のために此門を叩かれ驚起〓〓より竊かに門外を覗き見るに何ぞ〓らん世界は日本國のみにあらず人間は日本人のみにあらず我日本の如き〓〓〓は〓き〓〓に〓〓以て計るべき有様なることを發見したり是に於いてか己れの足らざると人の羨むべきとを知覺し且愧じ且つ〓れ奮起直ちに文明を〓らの難業に從事し以て〓かに今日の地位に達することを得たるなり然れども人の心の働きの遲鈍なる文明の疾走に伴うこと能わず世界の文明今正に河流の中央に在るを認めて勉強してこれに從わんとして漸く其中流に達する頃は文明は又更に進みて早く既に彼岸の遠方に在り且つ追い且つ走り到底相及ぶ期なきかと竊かに掛念せらるゝ程なり斯る難業の際に當り人心時に〓天地の安逸を回想し暫く歩を停めて後を顧みんとし或は新事を起すと共に〓事を保存せんとし折角の進路に態と自から手を下して多少の障〓を加え恰も自から掘て自から〓る徒勞を取るが爲に左らぬだに遲緩なり易き人心の働きは益其速度を減じて時に恐怖すべき状態を現すことなきにあらず此故に我日本國人の文明に進みたるは世界古今の歴史に比例なき長足大歩なりと人も言い自からも誇る所なりと雖も如何せん三十年の日月甚だ短く随て人心〓を慕い古に泥む弊未だ全く其跡を収めず一進一退空しく光陰を消する際天下の時勢は日に益緊急切迫となり是非に及ばず全國を打開きて世界の人を容れ我も亦世界文明國の簿籍中に名を〓くる必要を感じ得たる其塲に臨み尚念の爲め退きて我私を省みれば準備の不足する所尚甚だ多々なるを見出し條約改正の行われざる治外法權の癈絶せざる強ち其咎を他人にのみ歸すべからず他人のみを怨むべからず我も亦其れ責に分任せざるべからずとの事を竊かに大に發明したるなり

今我日本國を打開きて内外人民雑居通商し互いに同等同胞の交際を爲し永く日本國の福利を謀らんとするに今の日本國民中誰か此事を爲すに適し誰か此れ事を爲すに適せざるやこれに適する者は歐米の書を讀み文明の事を解する人物なりこれに適せざる者は歐米の書を讀まず文明の事に不案内なる人物なり目下歐米國人の我國に來る者にして治外法權の制を癈し我國人と尋常同胞の交際を爲すに憚る者あるは其原因の在る所盖し此不案内なる人物の尚我國民中に多數を占むるが爲めなるべし言語は人の交際上の第一必要の品なり既に文明社會の人情風俗を知らず又相説話する言語を解せず互いに相疑いて互いに相違いて互いに相違たる日本國民の過半斯る人物より成立つ間は目前の急要事たる文明國普通の交際を得ること最も困難なりと云わざるを得ず

故に我輩は内地雑居通商に第一の準備として朝野上下を論ぜず日本全國人民をして歐米の書を讀み歐米の語に通じ歐米社會の人情風俗を知らしむるを以て甚だ緊急の事なりと信ずるなり而して歐米各國の國語中其一孰れを〓ぶやと云うに英語を除く外此〓に當るべき者なきは勿論なるべし盖し〓〓法律第一科専門の學藝を攻〓せんとするには獨逸語もよからん佛蘭西語もよからん或は又却てこれを便とする事情もあらんかなれども今我日本の貿易上又交際上又引續きて政治上の點より考察するごときは日本人普通の外國語は英語の外に適當のものなきこと既に世論の評す所にして今〓に我輩の喋々を要せざるなり〓我國普用の外國語には英語を採用することと定めたる上にてこれを實地に全國内に〓摺する工風は如何と云うに今日までの例の如く自〓の運行に任じ置くも日本人民の英語に通ずる者は日に益多きて〓ふることならんと雖も斯る遲緩手段を以て目前の急要に應ずるに足らざるは明白の事なるが故に必ずや他に其効力の大にして且つ速かなるものを求めざるべからず我輩の見る所を以てすれば先ず大に今の教育法に改良を加え全國の諸學校に英書英語を教授せしめ高等の學校は勿論小學校と雖も其公立たると私立たるとを論ぜず必ず其教則中に英語の一課を置きいろは四十八字を學ぶと同時にABC二十六字を學ばしめ漸く進むに從て英語の初學讀本英語の地理歴史初歩等を授け英語和語相併行して學科を〓る規則に改むべし斯の如く小學生徒に至るまで必ず英語を學ばしむることとなれば新たに英語に通ずる教員を設けるがために大に學校の費用を増すべしとの掛念あらんと雖も今の日本は昔日の日本にあらず試に全國中英語に通ずる者を求めば必ず十萬を以て計る大數なるべし斯る多數の英學者なるが故に随て其給料とても決して多額ならず尋常小學校教員を雇うと格別の相違あるべしとも思われず目下全國の小學校は公立私立を合して三萬に足らず幾十萬の英學者中より僅々一萬の人を求む決して教員のけや之随て給料の高きを威する憂はなかるべし好し幾分か從前に比して費用の嵩むことありとするも日本國の獨立繁榮全社會の文明進歩を謀るに必要の費用なりとすればこれを咎む理は萬々なかるべし

日本の獨立は益〓固ならしめざるべからず全國の富〓文明は益増進せしめざるべからず條約を改正し治外法權を癈するは目下焦眉の急務なり内國を打開きて世界の人を容れ内外人民雑居雑婚交際通商するは目前に差掛りたる急要件なり〓に此等の事を口に言うのみなtらずこれを實際に〓さざるべからず果してこれを實際に〓せんとするには日本國人をして歐米文明の事を知り歐米文明の人と交際し〓る地位に立たしめざるべからずこれを爲す法は先ず英語を知らしむるに在り英語を知らしむるは小學校を利用するを第一とす苟くも國を思う誠心あらん人は〓と此開〓を〓〓しこれを實地に施す勞を憚ることなかるべし