「日本に鉄道は無用なり」

last updated: 2019-09-08

このページについて

時事新報に掲載された「日本に鉄道は無用なり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

日本に鉄道は無用なり

米國ニウヨークの通信者ドクトル、シーモンズ君日本の鉄道事業を論ずる一書を草して我〓に寄せらる我輩これを一讀するに其全体の論旨と云い其局處の事實と云い我輩の感服せざる所甚だ多く大抵は皆我輩の持説と正しく相半對するものなりと雖ども我輩が其翻譯の勞をも憚らずしてこれを本日の我紙上に掲載したるは抑も亦説あるなり盖し鉄道は文明の必要具苟も〓會の進歩を希望する限りは國に鉄道なかるべからざること天下與論の許す所にして我日本國人も近年漸く〓に見る所あり兎に角に國内鉄道の便利先ぞ十分ならざれば〓會全般の進歩を謀る工風なしとて人心の向ふ處漸く鉄道に傾き目下尚ほ實際經〓の不十分なるにも〓わらず全國到る處として鉄道の議論ならざるはなく今更に此信用を回すことは到底望の外なるべき有樣なり斯の如く鉄道の議論全國に流行の折柄なれば其論旨の如何に〓はらず唯其鉄道論たる一事に免じて我輩敢てこれを世に公にし讀者をして鉄道論の表裏左右殘る隈なく討究して〓なからしめ我輩又我輩の意見を附記して傍ら讀者の注意を喚ばんと欲するなり

通信者曰く鉄道を布設する法二つあり一は廣漠無人の未開地方に線路を通じ先ぞ鉄道を布設して追て新たに其地方の繁〓を謀るもの一は〓開富庶の地方に布設して其地方の運輸交通に一層の便利を加ふるもの〓是なり今米國の經〓先例に依るに第一法未開地方に布設する鉄道は利益あれども第二法〓開地方に布設するものは大抵損失を蒙り會〓の破産する例とす日本の如き人口〓に庶にして未だ富まざる國柄にては所謂第二法の鉄道を布設するものなるが故に其利益を見ること甚だ覺束なしと是即ち通信者が冒頭に論ずる處の非鉄道論の大意なり通信者は何が故に未開地方に通ずる鉄道に利益多くして〓開地方に通じるものに損失多き〓を詳細に説明せずと雖ども若し通信者の云うが如く果して米國の鉄道は未開地方に通ずるものに利益ありて〓開地方に通ずるものに損失あるに相違なくは其損益の原因は通信者の云う如く未開地方の鉄道には啻に其鉄道敷地のみならず其沿道若干の土地をも無代償にて政府より申受け〓に線路落成の上は人民を誘ひて新線路の沿道〓〓便利の地に移住せしめ新たに村落を起し新たに都府を〓し都〓村〓所在堀〓して無人の地忽ち富庶の郷に變じ線路一帶地價の漸く騰貴するを待ちて鉄道會〓は最初無代償にて申受けたる土地を漸次に賣拂ひ其賣得金の利甚だ大なるに在るなるべし彼の米國の諸鐵道會〓が自家の機關たる諸新聞紙を假りて頻りに其線路沿道地方に遺利多きを吹聽し人をして貸殖の慾心自から制すること能はず相競ひて其地方に移住せしめんとするが如き亦以て鐵道會〓の利源の在る所を知るに足るべし而して又通信者の所謂〓開地方の鐵道は概して失敗すと云ふは事の性質上に於て人民富庶の地方に鐵道を布設し其運搬する荷物も多く乗客も多きに其利益却て未開地方のものに劣ると云ふの理萬々あるべからざれども斯る地方には尋常の資本を下して利益あるべきがために隨て政府より人爲の保護を與へざるのみならず他の線路と競爭して專賣の利を占むること能はず十個の會〓競爭して二三の優等者に勝を制せられ他の七八〓は劣敗の損失を蒙りたることあるがためならん斯く如きは則ち其土地に競爭するを以て却て自から利を失ふものに過ぎず鐵道は人文の開けて地方の繁昌する其割合に準じて〓必要を覺へ、其必要なる割合に從て利益も亦多きものなれども唯三四線にて事足る可き處に六七線を布設するが如き競爭の爲に時として失敗者も多きことならんのみ然るに我日本國に於ては今日鐵道の競爭なきのみか其專賣者さへなき有樣にして今後國中何れの地方に布設するも當分は先づ以て專賣の權を失ふ恐あるべからず我輩は今日我國人に其專賣者たらんことを勸告する最中にして即ち通信書中にも「其以前一絛の鐵道もなかりし大都府の間に布設するものは例外にて此塲には最初より利益あるものに御座候」とある其利益を目的とするものなるに通信者は〓に自から其有利を明言しながら又其無利なるを強ひて頻りに競爭の失敗を證し專賣者の〓鑑として競爭者の覆轍を示す、其〓恰も餓者を警むるに直に過食の〓を以てするに異ならず過食云々は先づ〓を癒して後の沙汰ならずや我々日本人は今正に轍道の便も〓るものなり其これに飽き之を過ごして競爭の〓を悟り始めて通信者の忠告を要するは盖し今より數十年の後を在る可きのみ加之米告〓開の地方に其失敗ありと云ふも得失を平均すれば概して有利の事業にして商賣の尋常なるものと斷定せざるを得ず試に米國の地圖を〓きて鐵道の蛛網其疎密如何を見よ東部人口の繁き所には密にして西部人口の稀なる地方には甚だ疎なり盖し利の在る所は銕道の〓る所にして米人愚ならず利を棄て、損に就く者にあらず〓開の地方に銕道を布設し又これを布設しつゝあるは〓開地方に銕道の利大なるを証するものにして自然の道理上に於て斯くなくをは叶はざることなるべしこれを要するに未開地方の銕道事業は沿道無代償の土地が追て善價を生ずるも重もなる目的としてこれを企る〓や投機の興味ある事業にして〓開地方の銕道事業は尋常商賣上の損益を標準として商利を競ふものなるべし今此兩極の事業が米國の塲合に於ける一は投機の商賣に利を博し一は尋常商賣上の競爭に利を失ひし例ありたりとて直ちにこれを取りて我日本の銕道事業全體論の可否を決せんとするは我輩聊か其當を失する議論なりと信ずるなり通信者の意に思へらく米國は其土地の廣き日本に二十三四倍す而して其人口は五千萬に過ぎず日本より多きこと僅かに千五百萬人内外なり斯る人口稀少の國外なるが故に〓會の文明繁〓に必要〓くべからざる銕道も尚ほ尋常私立の事業に適せざる所あり是に於てか米國政府は未開無人の地方に向ひて銕道を布設する者には特別の保護を與へてこれを奬勵せり故に〓開地方の獨立銕道は失敗する者あるも未開地方の保護銕道は失敗する者甚だ少なし今日本は土地狭くして人口繁く如何に政府が銕道會〓を保護せんとするも線路の道敷〓に其左右一帶幅若干里の土地を與ふること能わず盖し與へざるにあらず與ふべき土地なきなり〓に政府の保護漸く優〓なること能はずとすれば銕道は皆私立の事業とする覺悟なかるべからず然るに〓開の地方に私立の銕道事業を企るは米國に失敗の例大木が故に日本に於ても〓てこれを避け斯る事業を企ることなかれと通信者の論理は斯の如しと雖ども若しも我輩をして通信者の材料を其儘に使用してこれに斷案を下さしめなば左の如く云ふべし日本の狭小なる僅かに米國の二十三四分の一に相當し其人口を〓多なる米國より少なきこと僅かに千五百萬内外に過ぎず斯る人口繁庶の〓開國に於ては仮令其人民の富十分ならずとするも銕道を布設して利を見ざる恐なしと是即ち適當の論理にして我國〓の實に〓はざるものならんと信ず然るを日本は人口繁庶の〓開國にして隨て荷物乗客の〓多なる可きが故に鐵道を布設するは失敗の危險あらんと云ふは我輩真理の在る所を見出すこと能はざるなり(未完)