「清佛の談判破裂したり」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「清佛の談判破裂したり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

清佛の談判破裂したり

讀者が本日の電報欄内に就いて承知せらるゝ如く去る五日英國倫敦發の電報に依れば郎松事件に關し支那より支拂うべき償金の高に就き支那佛蘭西両國の意見合わず其談判破裂したりとあり此談判とは七月廿五日以來兩江總督曾國〓が佛國公私「パテノートル」氏に上海に會して郎松事件に就き議する所あるものを指すならん此談判に就いては本月一日上海發の電報に清佛兩全權大臣の間に橡定條約調したり此條約を確定することは來る四日まで延期したり償金の高は未だ分明ならず佛國は此増定條約に滿足せざる由とありて去る一日には既に其橡定條約丈は調いたるも尚北京巴里兩政府の最後の承諾を要する等のためか此條約を確定するは來る四日までとして猶橡する處ありしものならん然るに此電報の末段に記す所償金の高は未だ分明ならず佛國は此橡定條約に滿足せずとあるは今日よりして思い返すに盖し佛國公使より要求する償金の高は巨大に過ぎ兩江總督の承諾せんと云う高は小額に失し双方の意見一致せざるより佛國公使も止むを得ず一應小額の償金に同意し置きたるか或は償金の一條は後日の議定に讓りて他の約束丈を橡定し置き委細を本國政府に電報して訓令を請いたるものにてもあらんか兎に角に佛國は此橡定條約に滿足せずと云うを見れば此時よりして業に己に双方相容れず一應橡定條約丈は終りたるも尚許多の未決爭點ある趣を察知すべし然るに五日に至り償金の高に就き兩國の意見一致せず談判遂に不調となりたりと報知し來るを見れば前後の電報相照應して事情甚だ明白なるが如し然らば則ち今回郎松事件の清佛談判は佛國の要求する償金の高清國の出すを肯するものより過大なるがため遂に破裂したること明白なり

清佛の談判破裂したる以上は其結果は何様なるべきや是甚だ今日に大切なる問題なり既に談判調和せざる以上は直ちに兵〓に訴えて互いの曲直を決すること固より適當の順序なるべし北京在留の佛國代理公使は其舘上に翻る三色旗を卸し支那政府より通行免状を申受けて直ちに北京を去ることならん佛國東洋艦隊長水師提督は福州、上海、芝〓等に分配したる各艦將に命令を傅へ開戰の用意を爲し其部署を定むることならん既に開戰に至れば佛軍の向う所は何れに在るべきや遽かにこれを判すべからず或は支那政府の軍備の在る所を見るに佛軍廣東府を襲う恐ありとて彭玉麟に其軍事を督せしめて水陸の兵備を嚴にし佛軍台湾島を窺うと聞いて劉銘傅を遣り防〓の事を監せしめ佛軍福州を占領する意ありと聞いて張〓〓を遣り港口を封じ砲〓を改築せしむる等佛軍の向う所は北京を距る數千里遼く南洋の濱に在り廣東、福州、台湾等は其衝に當るものなりと考えるもの、如し然れども佛軍の意果して支那政府の逆ふる所に違わざるや否や甚だ疑わしきなり一拳を擧げて老牛の〓邊を〓くも未だ以て痛痒を威せしむるに足らず必ずやこれを捻ち伏せんとならば其角を補へ其咽を〓し其頭腦に向いて一拳を加えざるべからず支那を攻撃するも亦斯の如し北京は頭腦を距る數千里の地に在て何様の大戰爭を爲し何様の大勝利を得ることあるも北京の天地は無事太平にして何の痛痒をも威することなかるべし北京にして未だ勝敗の衝動を威せざる限りは百戰百勝も殆ど徒勞に属する恐なきにあらず二十年前の經驗に於いて佛人の既に熟知する所なり果して然らば佛軍は南方邊〓の小利害に〓〓せずして北上直ちに咽を〓し頭を打つ軍客に出ることならん故に宣戰の後佛軍の衝に當る處は遠く台湾福州にあらずして近く天津の邊にあらんと思う方適當ならん

然れども我輩又退を一考するに仮令上海の清佛談判をして一應は破裂せしめたりとするも結局兵〓に訴える極度には至るまじと思わるゝなり何となれば目下支那には佛國と戰を開くべき兵備あらざるなり好し醇親王、左宗棠、彭玉麟、張〓〓、劉銘傅の輩をして無謀の軍を擧げしめんとするも朝廷に在りて萬機を裁する西太后は戰を喜ばざる人なり佛國の侵寇に懲りたる人なり此人にして此世に存する限りは決して佛國と戰を開く議を制可すべきようなし況んや李鴻章の如き世界の事情に通ずるは清廷第一と稱せらるゝ人にして飽くまで和議を主張する者あるに於いておや故に主戰〓の輩をして斷然意を決し太后を幽し李鴻章を殺し以て己の意を貫かんとするまでの覺悟あらしめざる間は到底戰爭は六ヶ敷かるべし或は一歩を退き西太后以下清廷同意の上にて佛國を一戰する決心なりとせんか矢張尋常の戰爭は六ヶ敷からん何となれば清佛の戰爭は英米諸國の喜ばざる所なり未だ一發の砲〓をも聞かざる前に早く既に清佛兩國の中間に立入りて仲裁を爲し一方には佛國の要求する課題の金額を減じ一方には支那の承諾する過小の金額を増し双方歩み合いて以て償金の額を定め速かに其授受を了らしむべきや疑なかるべし好しや仲裁人の現れ來ること幾分か遅刻する塲合ありとするも其前僅かに佛國軍艦が支那の一商船を捕獲したりとか黄龍旗の一軍艦を乗り沈めたりとか云う位の所にて忽ち中止講和の沙汰あることならんか果して此推測に相違なくば今回の清佛談判破裂は到底目覺ましき成果を得ること難かるべしと竊かに我輩の信ずる所なり