「朝鮮の貿易」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「朝鮮の貿易」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

朝鮮の貿易

去年七月廿五日朝鮮漢城に於て日本朝鮮兩國の全權大臣が議定調印したる新條約の第四十

二款に曰く「現時若くは後來朝鮮政府何等の權利特典及び惠政恩遇に論なく他國官民に施

及するものあらば日本國官民も亦猶豫なく一體均霑することを得」と是は萬國交際上に最

惠國條款と稱するものにして此條款ある以上は朝鮮政府が我日本の官民を待遇するに他國

の官民を遇する中の最上法丈けを擇り抜きこれを我日本に仕向くるの義務あるものにして

同しく朝鮮に徃來する諸國人の中に就き日本人獨り偏頗の待遇を蒙る樣の不幸を免かれ得

るものなり此條款は平日に當りて何の用をも見出さずと雖とも一旦事あるの時に至れば其

用の大にして其價の重き實に百千萬の金にも換ふべからざるものあるなり

清國北京駐在の英國公使にして目下朝鮮の英國公使を兼任するさあ・〓り・〓あくすは去

年十一月廿六日漢城に於て英韓兩國間の修好及び通商條約を韓廷の大臣と議定調印し今年

四月廿八日に至りて兩國君主の批准を漢城に於て交換し〓日より右條約を實行したり此條

約中我日韓條約と相違するの點甚た少なからず此等は皆去年以來我輩の聞込むまゝ〓〓〓

〓〓〓道〓且つ本年六月に至りて批准濟英韓條約の〓〓〓得たるを以て直ちにこれを我紙

上に〓載して大に日本國人の注意を求めたり英韓新條約に依れば訴訟裁判に關し内地通商

に關し京城開市に關し輸入品の海關税率に關し朝鮮政府より特に英國の官民に讓與したる

特典恩遇少からず此等は皆日韓新條約の第四十二款に依り我日本國官民も亦「猶豫なく一

體均霑すべき」筈なるに更に其沙汰なく四月より十一月に至るまで空しく半年の月日を消

したるは「猶豫なく」にはあらで甚た猶豫ありたるものと云ふべきなり我輩は我日本國人

が利を見て進むの勇なきが如き有樣あるを訝り朝鮮京城又は其外の地に在る人々に就き事

の次第を問合せたるに全く日本國人が怠惰なるが故にあらず在朝鮮の日本代理公使は英韓

條約の實行あると齊しく日本官民も諸恩遇に一體均霑せんとの事を申入れたりと雖とも朝

鮮政府にては何か條理の分らぬ故障を兎や角と述べ立てゝ承諾せざるより此事急に埒明か

ず遂に去月初旬竹添公使が任に漢城に就き再び此談判を始むるに至りて事漸く落着し同月

九日を以て自今日本國官民も英國官民同樣諸特典恩遇に一體均霑することに協議决定した

りとなり

既に此議定ありたる上は自今我日本官民の新に享有すべき特典恩遇は何等の事なるやと問

ふにこは唯現行日韓條約即ち明治九年の修好條規一昨年の仁川條約及び去年七月の貿易章

程等を取てこれを本年六月時事新報に連日記載したる英韓新條約に比較し英韓條約中に存

して我條約中になきもの即ち今回我日本官民の新に享有する特典恩遇なりと知るべし我輩

は讀者諸君が一々展讀の勞を省かんため試に其重もなる箇條の二三を抜萃して本日の雜報

欄内に掲け置きたれば就て見られよ

扨今回一體均霑の約束に依れば我日本國人は今より漢城内に入て商店を開き各種の商業を

營むことを得るなり京城は仁川港を距る陸路七八里或は少しく迂回すれば漢江を舟にて上

下する水運の便利もあり朝鮮の首都にして中央政府の在る所なり先づ此京城内に一店を設

け進て東西南北の各都府に聯絡を通するときは或は商業の繁昌を期し得べきものに似たり

又今よりして我日本國人は在朝鮮の日本領事官より發する旅券をさへ所持すれば病氣保養

又は學術研究等の爲め朝鮮全國を遊覽し得べきは勿論通商の爲め内地各都府に徃來して商

品を輸入し又は輸出するも固より差支あることなし朝鮮の人口は今日未た精密の調査を得

ず或は千萬と云ひ千二百萬と云ひ千五百萬と云ひ二千萬と云ふ等種々の説ありて孰れか信

なるを知らずと雖とも兎に角に千萬以上の人民あるに相違なからん然るに此人民等は近年

纔かに外國貿易の便利を覺えて未だ十分に其味を知らず又外國貿易商人等も朝鮮には金巾

の需用あり寒冷紗の商路廣しと云ふを知れとも此金巾寒冷紗は開港塲を去りて内地の何れ

の都會に散するものなるや何れの地方に何の商路あるやを知らず甚た漠然至極なり朝鮮に

は沙金あり牛皮ありなど云ふと雖とも此沙金牛皮は開港塲に於て内地商人の持來りたる品

を見るのみにして實際何れの地方より何樣の手續を以て買入れ來るものかと云ふに至ては

是亦漠然として更に知ることなし貿易の餘地海の如く未た其際涯を知らざるものと云ふべ

きり今や幸にして内地通商の便を得又海關輸入税率の輕減を得たり日本商人にして朝鮮貿

易に從事する者は先づ進て内地の各都府を巡〓し其人民の嗜好を問ひ需用の多寡を問ひ産

出の物産を問ひ供給の多寡を問ひ時價を問ひ實際輸出入商况の委細を調査することあらん

には賣込み引取り孰れにか大に商業を増進するの工風必ず多々あるべしと信するなり一寸

の便益を新に十寸に引延ばしたるも更に其九寸の便を利用することを知らざる者は智勇な

き人なり利の大なるものを見ても進てこれを取ることを知らざる者は亦智勇なき人なり我

日本商人にして朝鮮貿易に從事する者は愚ならず又怯ならざるは我輩の兼て信し居る所な