「支那の談判は速ならんことを祈る」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「支那の談判は速ならんことを祈る」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

交際通信の不便なる時代に於ては人間社會は世界中の各處に相離れて各一小世界を成し利

害榮辱共に其小世界の中に誤りて相互に關係あることなし活眼を開て其有樣を通覽すれば

甚だ不都合なるもの多しと雖ども個々各別の小世界に於ては自家の利害を利害とし自家の

榮辱を榮辱として喜ぶ者あり又憂る者あり例へば東洋の支那朝鮮日本の如き古來久しく交

通の路を絶ちたることなれば利害榮辱の感を異にし各自國の内に閉籠りて獨り自ら尊大に

するも相互に關係なければ意に介する者もなし支那人が支那の内にて日本の事を何と輕蔑

するも其輕蔑の聲は日本に聞えざるが故に日本人の憤て起さしむるに足らず日本人が自か

ら~國と稱して支那を夷狄視するも支那人が自から夷狄と思はざれば夫れにて風波もなし

コ川時代の舊例に朝鮮人が日本に使節を遣はすに日本にては朝鮮人の來朝と稱し其書物を

献貢品と名づけ屬國の國王が朝貢の體を修るが如き姿に言囃す其先方の朝鮮にては巡狩な

〓々唱へ「清道」と書したる旗を押立て、日本に來るに朝貢は扨置き己が屬國の地方にて

も巡回する位の風に〓ひたるの奇談あり斯る不都合を眼前に見ながら差したる苦情もなく

双方圓く治まりたるは畢竟不文の世の中にて外國交際の眞理に暗く又交通の不便なるかた

めに世上一般に事の實を知らざるか故なり左れば昔年の外國交際は交通の不便を便にして

無事に維持し來りたるものと云ふも可ならん

然るに今や世界は第十九世紀、蒸氣電信郵便印刷 利器を以て世人の見聞を相互に通達す

る其有樣は地球の形を縮小して之を掌の上に見るに異ならず國の利害は一國内に止まらず

人の榮辱は一社會を限とせず天下太平五穀豊熟するも〓國に對して損害を被るときは其損

害は内乱又飢餓の災よりも大なるもなり衣冠文物粲然として富貴貧〓の秩序ここに〓〓〓

〓〓止しく〓耻高くして榮辱の所在誠に分明なるも外國に對して輕侮を被るときは其耻辱

は内國の萬物に易ふ可らざるものあり盖し古の利害榮辱は一局部に密閉して外に洩るゝの

道なかりしと雖ども今の交通の利器は此利害榮辱を載せて世界中に披露するが故に其の影

響する所の廣大なるも亦謂れなきに非ざるなり

我時事新報昨日の朝鮮事變欄内「支那將官朝鮮國内に布告す」の條に在京城の支那將官袁

世凱呉兆有張光前は京城内の各處並に諸城門に布告を掲示したりとて其全文を記したるが

今この文を一讀するに文中洪英植何々等が外兵と結んで不軌を圖るの語あり抑も今回の事

變たるや洪英植の一類が不軌を圖りたるか義擧を企てたるか義も不義も吾々日本人の知る

所に非ず又關する所に非ずと雖ども今の支那人の見る所、又朝鮮故府の之れに同意する所

にては不軌にして最も惡き最も賤しむ所の者たるや明なり然るに其惡き又賤しむ所の者が

外兵に結ぶとは如何なる意味なるや外兵とは云はで知れたる我竹添公使が變乱の當日指揮

したる日本の護衛兵たること明白なれば支那の將官等は在京城の日本兵を目して自分等の

最も惡き最も賤しんずる所の不軌反謀に一味徒黨したる者なりと斷定し之れを布告の公文

に掲けて公衆に明示したるものなり試に思へ我竹添公使は大日本國政府の名代にして其職

掌は都て我外務卿の訓令を牽して運動するものなり遠隔の任所殊に日韓の交通至便ならざ

れば機に應して或は臨時に公使一己の處分もある可しと雖ども他國の内政に干渉するが如

きは至大至重の事柄にして如何なる事情あるも如何なる急に臨むも公使の獨斷に任せざる

は明々白々たることにして又これを内にして我日本政府が何等の所要あれば朝鮮の内治に

手を出す可きや斷して其事なきは我輩の敢て保證する所のみならず日本の朝野を擧けて之

を明知する所のものなり然るに支那の將官等は漫に自家の臆測を下だし他國人に誣るに不

軌の徒黨を以てす我輩の意平ならんと欲するも得べからざるなり是れも前節に云へる如く

交際通信の不便なる時代に於ては我れに如何なる臭名を蒙るも其臭を放つの道なくして夫

れ是れする中には臭氣も亦消滅するの塲合ある可ければ一時の憤怒を忍て或は恕す可しと

雖ども今や則ち然らず京城々門の布告文は其掲示の瞬間に米人これを見たり英人これを謄

寫したり獨人亦然り之を見て之を電報し之を寫して之を書通し世界萬國漸く之を傳聞して

際限ある可らざるや明なり昔年の榮辱は仮令ひ一時世に公なるも次第に消滅し今の榮辱は

次第に世界に弘まりて明なり古今時勢の相違を考へてもいよいよ以て默々に附す可らざる

なり今度井上大使歸朝の上は廟議一决必ず大に支那政府に問ふ所のものある可きは無論の

ことにして世人一般固く信じて疑はざる所なれども特に我輩が其事の迅速を祈るものは一

日を猶豫すれば其一日丈けは我れに曲を被るの日を長くするの割合にして其間には我が耻

辱を世界中に廣くするの恐あればなり