「東洋豪傑の嘆」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「東洋豪傑の嘆」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

東洋豪傑の嘆

往昔東洋豪傑の出處進退を按ずるに唯二途あるのみ廊〓の上に立て百官を黜捗し言行はれ謀用ひられ斯君斯民として堯舜の君民たらしめ名竹帛に垂れて功一世と蓋ふ、即ち千歳の一遇なれども、一朝讒奸の言行はれ衆口囂々滿室の蒼蠅拂へども去らざれば勇退高踏して閑地に就き幽山の梅鶴を伴ふて疏影横斜の下に臥し以て天眞を全うして其志を筆削に留む、所謂邦道あれば則ち仕へ邦道なければ〓めて而して之を懷くす可しとの主義にして誠に簡單なりと雖ども是れは昔時外國交際てふものなき孤立の國に行はれたるものにして當時豪傑一身の進退は唯其國内の政事に影響するのみにして爲めに外國との關係を動かすの恐なく其人去て國乱るるも其乱や唯一國一事の乱にして外國が其乱に乗ずるの患もあらざれば濟世の才を抱きながら其跡を山林に寄せ漫に臥龍の名を博して可ならんと雖ども今や國事はむかしの簡單にあらず内外二樣の關係繁多にして然かも其外交いよいよ盛なるに從ひいよいよ重きを致すの時に當りては苟も國勢振るはず事業擧らざれば唯其國の聲價を〓すのみならず或は隣國の輕侮を來すの掛念あるが〓に人民護國の義務として苟も才能を抱負するものは勇〓〓〓するに暇あらず朝に野に其一身を社會に〓して白〓〓〓〓の將に至らんとするを忘れざる可らず左れば今日東洋豪傑の進退は唯一身のためにす可らず、唯一國内のためにす可らず其期する所の結局は内外の關係を維持するに在るものなれば其任重くして〓〓なりと云ふべし既に身を此地位に置き恰も自國の運命を自身に引受るものとして顧みて國中を通觀すれば雜然たる無數の人民概ね皆無神經の塊肉のみ義を見て爲さず、辱められて怒らず、度量狹隘にして大功業を語るに足らず燕雀群中の鴻鵠獨り自から不平なる其際更に首を回らして歐洲の形勢を見れば人民の氣力活溌にして文明の事功を勇み復た東洋無腸男子の比に非ず現に彼の西班牙國人の如き歐州諸國中にて昏睡老贏の評あるものなれども一朝日耳曼人が國旗をカロライン島に飜へすを聞くや義氣勃々禁ず可らず遂にマドリッド府の日耳曼公使舘に押寄せて其餘憤を洩すに至れり其事固より無謀詭激にして嘉す可きに非ずと雖ども國民の壯心尚未だ衰へざるは無謀詭激の中にも自から其一斑を見るに足るべし西班牙人にして既に然り其他各國の民心も亦推して知る可きなり、羨むに堪へたり西洋の人傑は生れて有爲の才を抱き不撓の膽力を有し元氣凛々たる人民を率ゐて事功を世に立て獨り内に居て内國人の尊敬を受くるのみならず偶ま去て外國に遊ぶことあるも人皆な基本國の面目に對して到る處に敬意を表せざるはなし啻に自身の榮譽のみならず自國のために愉快極まるものと云ふべし之を彼の東洋の無名國人が其貴賤智愚に論なく文明の人に交らんとして伍を成すを得ず悠々たる路傍の未開人として殆んど齒牙に掛くるものもなき有樣に比すれば同年の論に非ざるなり嗚呼歳華流るるが如し人生五十鬢邊將に白からんとす而して今世上果して爲す可きの事業なきか今や天下平治の世、漫に一世ナポレオンの事功を慕ふて五十萬の蒼生を其功名心の犧牲に供するの時に非ずと雖ども東洋の文運は草眛に屬し鉄道敷設以來十餘年を費すも歐洲の一國にて一年間に敷設するの長さにも及ばず海軍尚ほ未だ振はず軍艦銃砲今日尚ほ護國の用を爲すに覺束なし世人皆な眠りて鼻息奄々たり此時に當り豪傑の自から任するものは大英斷を以て天下の眠を擴破し一叱して鉄道全國に通じ再叱して民心大に振ひ疾雷耳を掩ふに暇あらざる其中に功を一世に立て徳を後人に流す亦愉快ならずや若しも然らず優柔日を渉らば歳月人を待たず文明の世に生れて文明の恩に浴せず有爲の才ありて其才に伴ふの名譽を得ず醉生夢死何の面目あつて復た後世子孫に見ん東洋の豪傑今老たりや否や何ぞ人たび東洋の爲め奮て萬丈の光焔を吐かざるや我輩の見んことを願ふ所なり