「條約改正の必要は獨り日本人の爲めのみに非ず」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「條約改正の必要は獨り日本人の爲めのみに非ず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

條約改正の必要は獨り日本人の爲めのみに非ず

近來外交の次第に繁多なるに隨ひ我國人も次第に外國の事情を知り外國人决して異類に非ず華夷内外など稱して之を嫌忌するは頑陋無識の振舞なりとて所謂攘夷の氣風なるものは全國都鄙を通じて既に一掃し去りたるものの如し此時に當て我々日本人の所望は日本全國を打開て諸外國人と相雑居し商賣共に營み政治學問共に談じ冠婚葬祭宴樂遊戲花鳥風月の細に至るまで一個人々の資格を以て互に其利害を共にして内外國人の間に〓〓を設けず赤心を彼れの腹中に推して磊々落々文明男子の交際を爲さんとするに在れども奈何せん締盟各國は十餘年來條約改正の義務を怠り我れより屡々促がして治外法權撤去の事を申納るるも日又一日を遷延して今日猶未だ底止する所を知らざる程の次第なれば我々日本人も亦徒に内地雑居を許すこと能はず彼我の爲めに謀りて不便なり不快なりとは知りつつも内外國人雑居親交の實を今日の目前に見るに由なし遺憾無量なりと申す可し元來我々日本人が日本全國を打開て大に諸外國人と交際せんとするは商賣上直接の利益を目的とするの意味もあれども此他多くの外國人に向て日本の國柄を知らしめんとするの大望あるなり盖し我々の實情を云へば日本の聲價の海外に馳せて成る可く好評判の高からんことを企望すれども左ればとて永遠の利害より考へて彼の幻燈もて物を寫すが如く針の實形を棒の虚影に寫出して之を諸外國人の眼に映ずることを好まず唯諸外國人をして我有りの儘の實状を有りの儘に見聞せしめ夫れにて大願成就するものなれば外國人とあれば一人にても多く我國に來り又我内地に入り込み風俗人情農工商業實際に就て一々其事情を合點し皮膚を〓明して骨肉を玩味し他日日本の事態を語るに當て〓長一視玉石同観の通弊を免れ我々日本人をして千秋の憾、萬古の〓を訴へざらしむるを我輩今日緊急の所望なり然るに今日の實際に於ては諸外國人が條約改正を遷延するが爲我國にても是非なく内地雑居の〓を存し外國人をして故なく居留地外に來往するを許さず或は諸外國人が日本の内地を漫遊せんとするも旅行規程の制ありて學術研究、攝生保養の其外は一歩も此規程を踰ゆるを許さず且つ學術研究と攝生保養との孰れに論なく内地旅行とあれば其都度所管廳に出願し夫れ夫れの手續を經て旅行券を得ざる可らざるが故に旅行者の身に取りては其面倒言はん方なし左れば久しく日本に在留せし外國人にても未だ曾て旅行規程外に出てざるものあり或は東洋遍歴の外國人にて上海香港邊まで來遊し日本へも渡りて其内地の遊を試みんとする折柄、日本の内地旅行は甚だ面倒なりと聞き空しく扶桑を東望して其儘歸國するものもあり或は遊覽等の目的にて我内地に旅行せんとし扨て其の旅行の性質を解剖すれば學術研究にも非ず攝生保養にも非ざるの塲合に尋常人ならば此邊の細節に區々たらざる可しと雖ども良心潔白一點の塵ををも留めざる士君子は所謂屋漏に愧ぢずとの古訓を守りて名實相稱はざる旅行は斷然之を見合はすことならん且つ爰に最も困難なるは右の旅行規程あるが爲め在日本の耶蘇宣教師は布教の爲めに内地に旅行する能はざるの一事なり布教は保養の爲めに非ず又學術研究の爲めに非ず尋常人ならば兎も角も天帝正直の道を奉じて十方世界の衆罪人を感化せんとし人を欺く勿れ人を詐る勿れ良心の潔白を保たざる可らず云々迚日々此一義を口にする宣教師は旅行願書に保養の爲め又は學術研究の爲め内地漫遊と認めながら内地に入て行く行く布教に從事せんとするも其良心に於て之を許す可き筈なし近來在日本の耶蘇宣教師中にて内地に入りて往々説法布教するものある由なれども我輩の如きは己れ自から忘語戒を犯したるものにして其布教の方法は取りも直さず耶蘇宗旨正直の根本を顛覆するものなりと云ふ可し即ち今日日本に在る眞正の宣教師をして内地に布教する能はざらしむるものは唯彼の内地旅行規程あるが爲めにして其根源に遡れば條約改正の未だ其緒に就かざるが爲めなり目下内地雑居の禁あり又旅行規程あるが爲めに在日本の諸外國人は幾多の不便利を感ずるや知る可らずと雖ども其不便利は爾に出でて爾に返るものにして之を除去するは唯條約を改正して治外法權を廢するの一策あるのみ條約改正の今日に急なるは獨り日本人の爲めのみに非ず實に在日本諸外國人の爲なりとの事は締盟各國條約改正の局に當る者の須らく銘肝す可き所なり