「小學校の教育法」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「小學校の教育法」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

小學校の教育法

森文部大臣は就任■(つつみがまえ+「夕」)々文部教育法の改革に鋭意して種々の計畫ある其中に今後大に師範學校を擴張し文部省中に視學官を置き絶えず各府縣を巡回せしめて師範學校教員の〓〓其生徒の教育法等に干渉せしめ師範學校の事は偏に府知事縣令の意に任じて文部省は唯其大体のみを管理するの見込ありと云ふ大臣果して此意見を實行することともならば各府知事縣令は其管下小學校の文政を負擔することと爲り教科書及教授法等の善惡適否をも取捨するの任に當らざる可らず其任たるや甚だ重し、我輩豫め一言せざるを得ず元來我國の地形は細くして長く幅員は四十里乃至六七十里に過ざれ共國の全長は六百餘里に渉るが故に氣候の變も一ならず山澤河海の地理も異り農工商業各地專門の職業も亦相同じからざれば教育上に於ても固より全國畫一の法を施す可らず聞くが如くなれば佛國にては教育上嚴に畫一の法を採り學校の教科書授業の時間より教授の方法に至るまで都鄙の區別なきが故に其文部大臣は巴里の文部省に坐して其懷中時計を見れば全國各學校にて今方に何の教科書を教授し居るや直に之を知るを得べしと云ふ左ればにや我國より教育上取調べ御用を以て歐州大陸に赴きたる者も常に佛國教育の取調べ易きを稱する由なり然るに獨逸は之れに反し都會村落に由りて學校の趣を異にするのみならず毎校皆な異なりと云ふも可なり特に其學校の組織は一として其地方の状態に適合せざるものなく小學校の教員は終身在職の者多く積年の經驗に於て教授法に得る所あり生徒と親しみ其父兄と親しみ情誼を以て相合ふものなれば懇切鄭寧至らざる所なし又其教科書の如きも製造地方には理化工業に關するもの多く其製造物産の性質に隨て亦自から取捨する所あり沿海漁獲の塲所、山林樹藝の土地等〓〓〓時に學校の趣を異にして其學校を卒業すれば即身即〓實〓の人と爲るを目的とせり或は其教育の〓にては直に實業家たる能はざるも實業に入るの傾を有すること被ふ可らざるの事實なりといふ右の如く述べ來りて扨て我國の教育はと云へば土地相應の自由教育丈けは先づ獨逸國に傚はざる可らず左れば今後森大臣の意見に依りて各府知事縣令が其管下小學校の文政を全掌することも爲らば教育上他府縣の顰に傚ふことを止め其地方の模樣を察して一府縣内にても各種各樣の教育法を施し又其の教科書教授法は極めて實業に近づかしめ微妙の部分までも即身實業の主義を布及せんとするの覺悟こそ肝要なれ斯くて我輩は我國に自由教育の實行を希望すれども爰に自由教育と云ふは教育のことを以て人々の勝手氣儘に任じ政府之れに干渉せざるの意味に非ず今の日本の有樣にて政府教育に干渉せざれば全國の小學校は忽ち昔しの寺子屋に復するの掛念あるか故に苟も國民たるものは公私の爲め必ず普通教育を受けざる可らずとの主義に據て父兄に責むるに子弟の教育を以てし政府は嚴に此邊の事に干渉すること我輩の企望する所なり唯各地方の教育上に於て教科書教授法の如きは其地方の模樣次第、自由勝手に整頓取捨し毎校其趣を異にするも可なりとまでに决心して教育の主義と其地方の實業とを順應適合せしむること今の學事官の宜しく注意すべき所ならん即ち勸學の方法を嚴にして教授の方法を自由にし其土地の實業に相應する教育法を施さんとする者にして文部省の主意も盖し亦此邊に存するならんか我輩は文部省が各府縣小學校の事を擧げて之を府知事縣令の意に任ずるの説を聞き一片の老婆心一言此に及ぶものなり