「日本國の鉄道事業二」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「日本國の鉄道事業二」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

世界中に日本ほど鉄道工事の進まざる國を見ず〓〓鉄道の進歩は其文明の進歩と與に日本

人の意想外に出るもの多し、抑も今の鐵道なる者の誕生は今を古へに溯る六十年前即ち千

八百二十五年英國リヴァプール及マンチエスタルの間に始て汽車の往復を開きたるよりの

事にて鉄道の開期より千八百八十四年に至るまで英國内、線路の長さ一萬八千六百八十一

英里、毎年工事の捗取高、多きは五百里以上、少きも二百里を下らずこれを六十年間に平

均するに年々の新線路三百里より少からず而して今年明年亦尚ほ引續き新線の揄チを見

つゝ止まざるの勢あるなり又次に米國の鉄道を見るに同國にては千八百二十八年始て汽車

を鉄道に用ひしより昨千八百八十五年の十二月迄五十七年間に國内線路の長さ十二萬八千

四百三十英里、に達し之を六七年來の事例に徴するに鉄道工事の進むこと多きは一年一萬

里、少きも三千里を下らず即ち日本の工事を以て英國の工事に比較すれば日本は一にして

英國は十五なるに此十五の英國を更に米國に比較するときは英は一として米は八に當る、

再たび之を詳言すれば日本國にては毎年二十英里の鉄道出來したるに英國にては三百英里、

米國にては二千四百餘英里宛の新線路落成したる勘定なりとす我輩は米國鉄道工事の速か

なる一例を示さん爲め昨年十二月發兌の米國鉄道雜誌より左の表を編萃して諸君の一覽に

供せんとするなり

一千八百七十九年中、合衆國内にて新たに開きたる鉄道線路の里數  四、五七〇英里

同一千八百八十年中、同〓                    七、一七四

同一千八百八十年中、同〓                    九、七八九

同一千八百八十年中、同〓                   一一、五九六

同一千八百八十年中、同〓                    六、七五三

同一千八百八十年中、同〓                    三、九七七

同一千八百八十年中、同〓                    三、〇五〇

〓〓〓〓國内の線路全長                   一二八、四三〇

〓〓〓〓〓英國鉄道〓線路の進歩の割合を示さんに其〓〓〓〓〓

一千八百七十九年中                        三六一

一千八百八十年中                         二三七

一千八百八十一年中                        二四二

一千八百八十二年中                        二八二

一千八百八十三年中                        二二四

一千八百八十四年                         未詳

同年一月英國内の線路全長                  一八、六八一

米國鉄道事業の盛んなるは世界無比にして其國の線路は全世界の線路を合はせたるものゝ

半よりも尚ほ長しと云ふほどなれば今直に此例を取て日本を推す譯にも往くまじ又英國と

ても世界第一の商賣國、文明の點に於ては米の外に比肩者なき國柄なればこれを例に日本

國の鉄道事業を云々するは宜しからずとの論もあらば我輩は枉げて其論に從ひ、左らば佛

獨墺露等の諸邦をも飛ばして其他の未開國の例に就き、凡そ國の程度に割合はせて日本國

ほど鉄道の少く又其工事の捗取らざる國なき確證を擧げんとするなり例へば歐羅巴土耳格

の如きはその文化の程度も低く、剰へ歐洲諸邦は侵凌に逢ふて國の獨立、人の自由さへ全

からざる未開國にてありながらも千八百六十五年に始てその國内に鉄道を敷設し引續き工

事を怠らずして去る千八百八十二年(我明治十五年此時日本全國の鉄道線路纔に二百英里)

には九百餘英里の開通線路ありしとなり又亞非利加の埃及の如きは言はゞ土耳格の半屬國

にして其上、英佛の二邦より管理を受け、又其國運進歩の程度にしても今の日本人が之に

對しては一歩も負を取らざるの氣象ならんかなれども然らば日本人が斯く言ふ其埃及國の

文明器具即ち鉄道は如何んと云ふに一昨年の一月、同國の全線路既に一千二百七十六英里

に達したりと云へり或は又佛國の屬地たるアルゼリヤの如き未開不文の蠻民にても我明治

十六年一月の調べにて其國鉄道の延長一千零七十七英里、然して尚ほその工事の進歩已ま

ずと云へり其他南亞非〔米〕利加の智利國が我明治十六年にその國内既に一千三百七十八

英里の線路を有しブラジル國が我明治十六年に既に開通線路三千五百英里を有して同時に

起工中のもの尚ほ一千五百四十七里の新線路ありなど云ふ如き、孰れも案外なる出來事に

て我輩はこの出來事に驚ろくと同時に日本國の鉄道工事を顧みて又大にその緩慢に驚かざ

るを得ざるなり、こゝに至り人或は異論を挾み日本の鉄道事業は僅々十五年來の事なり此

等諸邦の鉄道は日本に先つこと幾年にしてその線路を開きたるものゆえ同日に論ずべき者

に非ずと言ふか、如何にも其言に一理無きには非ずと雖ども其日本に先つと云ふ年月は纔

か五年か六年の話にして其間に大距離のあらざるは我輩一々茲(玄+玄)にその例證を掲

げずと云へども若し證明の爲めにその要用もありとならば復たこれが掲載の勞を執るをば

辞せざるなり且つ此等諸邦は例證を取るに當り我輩の憾みとせしはその國鉄道の概况を知

るに近きは二三年前又た遠くして八九年前の統計を掲げたることなりこれ孰れも其國の爲

めには不利uにして議論の比較にも其權衡を失ふの恐れあるべし何となるに此等の各國此

二三年乃至八九年の其間に幾多の鉄道を新設して文明の進みを助けたることあらんこその

之を知られざるは日本と〓比して大に損ある地位に立たしむればなり(未完)