「國會開設の準備は蓄財にあり」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「國會開設の準備は蓄財にあり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

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國會開設の準備は蓄財にあり

今を去ること五年前に明治二十三年を期して國會を開設するの詔ありてより政談甚だ喧しくして政黨大小起り全國一時の有樣は杯酒耳熟して歌舞滿院とも評す可き程なりしが熱極て冷を催すは物理の原則、酒醒め歌舞歇んで四邊人影なく鞦韆院落夜沈々の景况を現はし以て今日に至りたり扨て今日に至りて前途明治二十三年を望めば僅に四箇年間を剩すのみ政治上に於ては長日月と云ふ可らず是に於てか我政府にても亦其準備に取り掛り過般は臨時建築局を置て諸官衙及び議院の建築を用意し追ては憲法の草案も脱稿せんとするの勢あり隨て民間にも近來漸く國會準備論の死灰を再燃し國會議員の候補は如何、撰擧區の制は云々す可し抔と種々の議論もあるなれども憲法等は我國にて始めて制定する譯でもなく其利害得失に就ては歐洲諸國に先例甚だ多きことなれば之を變通して我國に適用するに格別六ケ敷きこととも思はれず唯我輩の所見にて爰に國會の準備として今日より一日片時も忽にす可らざるものあり何ぞや日本國中有志家の蓄財即ち之なり抑も政治世界なるものは元來財を得るの地に非ず寧ろ得たる財を抛て銘々の志を伸べ無形の榮譽面目等を買ふの塲所なり左れば有志家にして若し本來無一錢唯其志のみを所持し以て政治世界に立つことあらんには迚も花々しき働きを現はすこと能はざるべし試に歐米文明國の政治家を見よ皆な身に相應の財産を具へ一身獨立の計に於ては綽として餘裕あるを普通の例とす聞く所に據れば米國元老院の議員は状師代言人中の有名なるものを以て其一半を占むと即ち此議員等は平生代言事〓等の職業を以て其生計を富まし政治世界に於ては固より〓を得るの望なく唯其職業より得たる財産を抛て議員〓〓の地位を占むるものの如し又英國の國會議員〓〓〓〓〓旅費俸給等の報酬なく國民の義務として〓〓〓〓〓〓な〓の〓れば無財産家の〓らす〓〓〓〓〓〓〓〓〓の〓〓中ば之を倫敦季節(London Season)と稱し數百名の國會議員、花の倫敦に集りて言論に交際に〓〓を〓ひ〓會の交際に客を招きまた招かれ窈窕たる〓人の〓、堂々たる豪傑の會に盛裝美飾を燿かし交際上の贅澤爲めに倫敦の酒價を貴うするの勢なれば無一錢の有志家、其志如何強壯なりといふと雖ども議員として此間に立ち其勢力を占むる能はざるのみか此等の有志家は始めより國會議員に列すること能はざるなり即ち英國にてM.P(國會議員の略符)といへば智識は勿論の事なれども智識よりも寧ろ財産ある人物たるを表し素寒貧の有志家にては迚も此貴重なる肩書を得る能はざるなり我國にても今後國會いよいよ開けて國會議員各地方より東京に群集することともならば政治社會豪放の習として其交際も華奢に流れ自から一種の東京季節を生ずることならん此際各地方を顧みて議員選擧の模樣を見れば數多の候補者競爭塲に現はれ投票是れ金なり(Vote is money)の勢にて金錢を抛ち撰擧者の歡心を得るものは自然數多の投票を集め有志無錢の人物は遂に國會議員たるの榮を得ること能はざるや必然なり左れば今我國の有志家は議員撰擧論、憲法編制論等を講究するよりも先づ自から其志を成す丈けの財産を作り置くこと國會の準備として自家直接の大急務なる可し然るに今日の有志家なるものを見れば智識甚だ高く學問甚だ深く更らに此上益を欲すべき所なきに唯欠くる所は財産の一點にして或は撰ばれて縣會議員となるも縣會開會中の日當の不十分なるに辟易し或は常置委員に當撰して毎月三四十圓の收入を得て竊かに自から喜ぶ者さへなきに非ず今の有志家の不如意憫然なりといふべし言を寄す全國有志の人、今後國會の開設までに早く先づ蓄財策を運らし置くべし、有志家果して志あり又財あらば天下何物か意の如くならざらんや今にして早く此準備を爲し後日時に遇ふも空しく錢のなきを歎息するが如き愚拙を學ぶなからんこと我輩の切に希望する所なり