「彼れも人なり我れも人なり」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「彼れも人なり我れも人なり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

彼れも人なり我れも人なり

我々人間は何の爲めに世に生れたるや知るべからず我〓が今日これを知ること能はざるの

みならず我々の祖先も亦これを知ること能はざりし今日以後我々の子孫も恐らくは亦之を

知ることなかるべし我々は斯く淺ましき動物なりとは云ふものゝ折角此世に現はれ出でた

る以上は不知案内の事ながらも何とか説を附けて生涯の目的を定めざるべからず扨其目的

は如何と云ふに吾生々〓痕跡を此世界に留むる事即ち是れなりと假定して今の人間社會に

餘り差支の廉もなかるべきか

人間生々の目的は銘々吾生々の痕跡と此世界に留むるに在りと定むる上からは人間生涯の

事業甚だ多く又甚だ廣く孰れの事業を貴しとし又孰れの事業を賤しとすべからざるは勿論

ならん然るに今日本にて少壯有爲の志士の爲す所を見るに人間無數の事業中獨り官吏の一

業を以て一種特別なる貴重の性質を固有するものと爲し人間世界身を立つるの塲所は唯官

途あるのみと固信するが如き實跡多きは甚だ遺憾に堪えざるなり官途も亦人間の一事業塲

なれば熱心此塲裏に奔走せんと勉むること固より非理の所爲ならずといへども唯此一塲を

除くの外は天下復た人間生々の目的を達すべき所なく又事業なしとするが如きは甚だしき

了見違ひなりと評せざるを得ず盖し此了見違ひは封建制度の餘弊にして昔し全國閉鎖幕府

世盛りの日に當りて人間の榮譽總て武士の一族に歸し武士は即ち官吏官吏は即ち武士たり

し習俗の爲めに誤まられたるものにやあらん當時官吏の權力たるや世間復たこれに比すべ

き物なく一國人民の生命財産總て皆官吏の手中に在り官吏の言即ち法律にして官吏の欲す

る所即ち天意なりし斯る社會に在ては人間生々の目的を達するに唯官吏たるの外一法なか

りしは無論の事にして人の官途に熱中せしは固より恠しむに足ることなし然れども今日の

社會は封建の社會に異なり官吏の言最早法律にあらず其欲する所亦天意にあらざるなり好

し或は尚ほこれを法律なり天意なりと言はんとするも如何んせん一國人民の生命財産は最

早妄りにこれを生殺與奪するの工風あらざるなり若し或はこれを生殺與奪せんと企つる者

あれば其生命財産は忽ち此地を去て遠く力の及ぶべからざる所に行くべきのみ故に今日の

社會に在ては官吏たるも一業、農工商人たるも一業にして其業の果して人間生々の目的を

達するに差支えなしとする以上は今日少壯有爲の志士たる者何んぞ必ずしも官途を談ぜん

亦た農工商業あらんのみ

今の日本の有樣を見て更らに二三十年前の有樣を回想するに両者の間實に雲泥の相違ある

を見出すことならん然れども更らに進で人事何の部分に最も大なる相違を見るやといふに

農事にあらず工事にあらず又商事にあらず多くは皆政事に属する官途の事柄なるを知るこ

とあらん我輩進取改進の眼を以て今の官途の有樣を見れば尚ほ進歩改良を要するもの無量

なりといへども時に二三十年前の官途を回想してこれを今日に比較それは何時もながら其

進歩の偉大なるを感嘆せずんばあらず然るに更らに眼を轉じて農工商社會の有樣を見るに

依然たる二三十年前の農工商社會にして進歩改良の跡を見ること誠に稀れなり或は海運業

の如き或は銀行業の如き二三感嘆すべき進歩改良の事相を見ざるにはあらずといへども此

等の事業皆多くは直接間接に官に縁ある者にして決して其名譽を民間に歸すべからざるも

のなり誠に驚くべき次第といふべし盖し封建の遺風天下有爲の人才を擧げて官途の一偏に

輻湊せしめ官途以外絶えて志士の才藝を試むる者なかりしが爲めならん安政慶應の壯士は

幕吏の權勢無比なるを見て彼れ取て代わはるべしと云ひ明治の志士は彼れも人なり我れも

人なりと奮發し遂に官途は日本人才の叢淵と化したるならんかなれども官途以外彼れ取て

代るべきもの尚ほ甚だ少なからず人の世に在て事業を成す其大小多くは金の多寡に關す昔

し封建の時代は武力の天下にして今の文明の世界は金力の天下なり而して今日日本の金は

何の邊に集合しあるやというに官途に非ずして農工商人の家に在り農工商業今日未だ人才

の叢淵にあらずして尚ほ志士の力を用ふべきの空所甚だ少なからず一たび官途に熱中する

の熱を取てこれと此等の業に移さんには力を用ふるは甚だ少なくして功は必ず官途に倍す

るものあらん少壯有爲の志士よ彼れも人なり我れも人なりの嘆を發するに際し愼んで其の

撰ぶ所を誤まる勿かれ