「民設鐵道論」
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本文
民設鐵道論
鐵道の未だ起らざるや世人未だ其便を知らず其便をしらざれば之を得るの念も薄けれ共一
度び之を實に施して沿道其便に霑ひ無鐵道地方の利益は漸く鐵道近傍に移轉するの勢を生
じて直に人の生計を犯すが故に其地方に於ては一日も猶豫すべき塲合にあらず單に舊時の
繁盛を維持するがためにも亦鐵道を敷設するの外に手段ある可らず是れ即ち今後天下に鐵
道論の日にますます囂々たる可き由縁にして其論鋒の盛なる可きは我輩の今より期して疑
はざる所なり此時に當り政府は鐵道工事を如何せんとするか官の一手を以て此工事に當ら
んとすれば敷設の進歩も自から遲く迚も國民の望を滿足すること能はざる可きが故に我輩
の所見にては政府は先づ民設鐵道條例を設け官の管理す可き部分丈けを管理し工事會計等
一切の業務は擧げて之を民設鐵道會社に任じ便宜鐵道を各地方に敷設せしむること肝要な
りと〓ずるなり鐵道を官設にするか將た民設にするか其利弊に就ては歐米諸國にても種々
の論あり現に二三の國にては頻に官設の利を主張し既に私有に屬する者は漸次之を購収せ
んと務むるものあり英國にては之に反し鐵道の敷設及び營業は一に之を私立會社に任じ必
要の線路あるも政府は敢て手を下さず民間の人が利益ありとして之れに着手するを待ち僅
に其大体を監督するを常とす鐵道官設民設の利害論は姑く置き我日本國に於て今日民設の
鐵道會社を創立することあらんに政府が此會社の事業を監督して應分の義務と盡さしむる
こと〓の如くならざるもの無かるべし民設會社の常情其資本に關して利益の充分ならんこ
とを望み鐵道敷設の線路を撰むに或は政府の意に恊はざることあれば政府は其線路の方向
を指定し其代りにはこれに相當する丈けの補助金を與へて可なり又鐵道敷設に就き土地買
受の事の如きは國より政府の之れに干渉すること肝要ならん又郵便及び電波のため同會社
をして何程の負擔に任ぜしむ〓〓〓〓の事は政府の特約す可き所なり又會社自から利する
を事とし軌條及び機關車の修繕を怠り或は人を役すること其當を得ずして爲めに列車の衝
突等を致すことあるに就き英國政府にては近年鐵道検査を行ふに至りたりと此等も政府が
民設鐵道會社に對して監督す可き部分ならん其他これに準じ鐵道事業上緊要の諸點丈けを
十分政府の手にて監督する上は他の一切の事務を會社の私に任じ日本全國本支大小の鐵道
線路一切之を政府の專有に歸することを爲さず行政上不都合のなき限りは隨時隨處に民設
鉄道を許可すること甚だ妙ならんと思はるゝなり
前述の旨趣にて政府若し民設鐵道會社の創立を許可し又之を奨勵することもあらば民間の
資本家は會社を結んで一方の鉄道事業に任ずべきや或は日本人の大事業に怯なる、難を人
に讓りて奮て此事業に任ずる者なく日本の鉄道は恰かも官設に限るが如き有樣を呈す可き
や我輩を以て之を見るに利益の在る所は資本の集まる所なれば民設鉄道にして利益あらば
決して起業資本の乏しきを患へず工事進歩の遲きを患へざる可しと思はるゝなり先づ民設
鉄道の利益如何と推究するに固より我輩の多言を要せず現に東京横濱間神戸大津間の鉄道
又は東京横川間東京宇都宮間の鉄道の如き或は官設に屬し或は半官半民の敷設に係り工事
會計等一切の業務自から寛大なる所あるが如しと雖も年々相應の利益を生じて今の政府の
諸工事中最も有功有用なるの實あるを以て判斷す可し且つや我國の鉄道事業は今日尚甚だ
幼穉にして規模狹小工事緩慢延長の度速かならず此處に十里、彼處に二十里、日本國の全
面より見れば蜈〓（虫偏に松・むかで）の足跡とも評す可き程にて今試に鉄道を敷設す可
き地勢を相せず交通の繁劇なる、地理の便宜なる、工事の容易なる既成の線路にも立優り
たる塲所少なからず此際民設鉄道會社の創立ありて其資本を此等の塲所に投ずることを得、
且つ其民設に係るの故を以て工事會計の向も極めて質素節約を旨とし平常商賣流の注意と
深切とを以て乘客の機嫌を取り荷物の運送を便にせば収支相償ふて餘益あること疑を容れ
ず即ち民設鉄道の利益ある所以にして此會社にして苟も創立することを得る以上は資本の
不足は決して患るに足らざるなり試に近年の世状を見るに不景氣の致す所民間に事業の起
るを見ず金主果して金あれ共之を投ずるの地なきに苦しみ公債證書を買ふて六七朱の利に
甘ずるの有樣なれば今民設鉄道會社の創立ありて其資本を募集することあらんに其會社に
相當の信用ある限りは今の經濟の事情に於て決して資本の乏しきを感ぜざる可し或は日本
人の習慣に於て官の筋の事業と云へばこれを信ずることの極めて厚きにも拘はらず自分等
の恊同して打立てたる民間私立の事業と云へば兎角不安の想を爲し隨て資本の不足を感ず
るが如き異常の塲合もあらんにはこの民設鉄道會社の株券を外國人に所持せしむることを
許す可し我政府にては中山道鉄道資金を募るに當り外國人の應募をも許したり鉄道公債は
外國人に賣るも可なり民設會社の株券はこれを賣るべからずとの理由もあるまじく殊に内
外の交際日に親密になり内地雜居も程遠からぬ今日、政府が外國人に向て我民設鉄道會社
の株券所有を許さずといふが如き不都合はなかるべし故に民設鉄道を起すに就て萬一内資
の不足を告ぐることあらば爰に外資を輸入すること難きに非ず利子の廉き西洋國人の眼よ
り見れば我民設鉄道株券の如き其資本を投ずるに倔強のものなり一朝鉄道新線路布設並に
株券募集の檄を見ば爭で之に應ずることを猶餘すべき、總じて事業を起すには其利益の確
實なること專一なり我國にて今民設鉄道を起すは其利益疑ふ可くもあらず利益に疑なくば
此事業に向つて資本を集むるは一擧手一投足の勞ならんのみ