「整理公債の景氣は如何」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「整理公債の景氣は如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

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整理公債の景氣は如何

整理公債條例が公布になりしより世間の人は唯驚くのみにして容易に節を作ることさえ出來ず此公債證書は五分利付五箇年据置き向五十箇年間に償還とあり今度政府よりいよいよ之に應ずる者は百圓以上にも申込む者多くして大藏大臣は應募價格の高きものより順次に證書を渡し詰る處五分利の公債證書が百三圓にも百五圓にも賣れることならんと云う者あれば又一方の反對説に海軍公債の如きは僅に千何百萬圓の高なれども今度は一億何千万とあり如何に日本人が公債證書に熱くなるとも五分利の公債を限りもなく百圓以上に買込むことはなかるべき仮令へ買込む心あるも急がぬとなれば百圓以下に下る時節を待つ可し且商賣の有様不景氣なりと云うも今年は去年よりも少しく活〓なる模様も現れたることなれば資本を運轉して年に五分ばかりの利を見るは左まで難き仕事に非ず本來日本は東洋の一國、資本少なくして貧乏人の多き國柄なれば金の利息が五分六分などとは大間違いの話にして早晩一度は日本の本色を現わして〓定まりの年一割に一割二分の本座に立直る日ある可し此時に至れば公債證書の價も先年の例に從い七分利は八十圓、六分利は七十圓、五分利は六十圓の邊に往来して都ての釣合宜しかる可し左れば今この五分利の交際を百圓にて買うときは仮令へ目先きの利子は五分にて我慢するも日本國の商況回復すると共に百圓の額面が實價六十圓内外の賣買と爲りて元金の百に付き四十の損亡を致し此上もなき危きことなれば今度の整理公債は百圓に買う者なきのみならず少しく十〓〓の考あらん商人等は百圓以下九十圓の時節を待ち又八十圓七十圓より遂に六十圓にまでも下落するものと覺悟して賣買の底意に何時も弱氣を含み甚だしく決定したる者は仮令へ所有の資金は無利息にて庫の中に〓るも苦しからず百に四十の危險を冒さんよりも寧ろ時節到來を待つに若かずとて頑固に固まるものあれば〓〓なる投機商は兼て覚悟したる公債證書下落の運命〓〓〓きに在れ〓月の前賣り忘る可らずとて賣玉の鞍に跨りて下落の坂を下る者もある可し云々と辨すれば〓暢氣論者は之に臆せず十年の経濟論は十年に行わるるも一年の損得は一年の勝負に在り日本公債證書の價〓下落の後はいざ知らず今度政府が六分以上の公債を〓進して五分利付を出すに此五分が好ましからずということなからんとするも國立銀行の抵當は公債證書ならざるを得ず其外備荒貯蓄又は御用達商人又は例の低利は拜借人の如き必ず公債證書を所有し又その筋へ納ることの要用ありて其全額を計算したらば凡そ四五千萬圓にも上る可し此四五千萬は公債の相塲の高低に論なく從前の六分利以上の者が引き上げらるれば其身代りとして今度の整理公債を用いざるを得ず又政府が五分利の公債を募集して六分利以上のものを償還するに其順序を逆にし國庫に有合の金を以て先づ償還の事を行い例えば今一千萬乃二千萬圓の金を以て一時に六分利以上の證書を引上げて其持主に現金を抱かしめ用法に當惑して思案の最中に整理公債證書の募集總額價格應募申込日限應募金拂込度數等は疾く既に大藏大臣より告示し一年五分の利子は目の前に明なり汝の持餘したる金を金箱に幽閉せんか、片々たる反故なり謹で募集に應ぜんか、百の母は以て五の子を産む可し去就如何を問われて何と答う可きや出産の利子五の數は多きにあらざれども十を産み十二を得るが如きは當節柄敢て望む所にあらざれば泣々五を以て滿足せん左代りには家計を取縮して節儉の趣意を守り冠婚葬祭都て省略して歳出を從前の半にすれば即ち歳入の半を補う姿なりとて應募者の盛なるは海軍公債の時に異なることなかる可し且天下の時勢を見ても方今富豪の家と稱するものにて其家の金權を握る者は如何なる人物なるやと尋るに五十以上壽命を以て云えば下坂の故老にして今日の商賣社會には因より適す可らずと雖ども其氣力は至極慥にして天保時代の剛〓は磨すれども消せず乳臭の忰共が從容として様々の新工風を献言すれども一として新奇ならざるはなし一として不安心ならざるはなし文明開化流の商法は公債證書の安全なるに若かず拙者共に數年前この公債さへ尚且危險なりと認めて只管こそを忌み嫌いたるものなり今日に至りて漸く其確實なる性質を合點して始めて其旨味を嘗め得たる其佳境に居ながら何として外に見替える可けんや且我身が親の家を相續して三四十年來營業辛苦の跡を顧るに限りなき浮沈成敗を差引勘定すれば家の資本は〓長甚だ鈍くして〓も無疵の五分利に當らざりしを發明したり然るに今この整理公債證書は向五十箇年の間何一つの苦勞なくして五分の利は間違いあることなし云わば商賣奔走の骨折を政府に譲渡して只利益のみを此方に占るものなれば二念なく之を買う可し云々は正に今日世間富豪家の内情なれば今度の公債發行仮令一億にても二億にても家々の故老輩が金權を握る間は其募集に應ずる者際限ある可らずと云う

以上の兩説何れか是にして何れか非なるは我輩の容易に判斷し能わざる所なれども世の經濟論者の見込は今日先づ此二つに分ちたるが如くなるが故に記して以て讀者の参考に供し其いづれか中ると中らざるとは遠からず實際に於て之を見る可し但し今度整理公債の募集に就ても我輩は聊か都鄙の金滿家に向て所〓なきに非ざれば之を次の紙面に記せんとす