「私立鐵道は名の如く私立ならしむべし」
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本文
私立鐵道は名の如く私立ならしむべし
我日本國も追々鉄道の世の中にして官立鉄道の工事を急ぐは勿論、私立鉄道の論も全國到
る處に囂々然たるの景况とは爲れり左れば今我政府にて大に鉄道の工事を勸め自由に私立
鉄道を許可することとも爲らば線路測量と云ひレール敷設と云ひ四方八方に鉄道建築師を
要して今の日本の建築師位にては迚も間に合はざること必然ならん故に今後我國にて工事
を企てんと欲するものは日本の鉄道建築師のみを當てにせず外國人を雇入るゝことに决定
し且その建築費を少なくして其線路を長くし之れに加へて工事の極めて迅速極めて簡單な
るを期するには手近く米國の鉄道建築師を雇ひ來りて工事を任ずるに若かずとは我輩の毎
度論ずる所なれども近時私立鉄道を計畫する人々は資本募集とか工事請願とかに忙はしく
して未だ鉄道建築師などの談に思ひ及ばざるものゝ如し甚だ怪しむ可き事共なり盖し我日
本政府は未だ其鉄道畧を公にせざるが故に世の鉄道發起人等あ政府が果して私立鉄道を悦
ぶや否やを知らず若しも之を悦ばざるに當初より其建築師などの撰に縦事するは如何、或
は一切の工事を擧げて之を鉄道局の手に任ずる方が果して政府の人の意に適して早く其工
事を許可するならんか其邊の事情に關して政府の方向を知るに由なく發起人等の心事を云
へば恰かも腫物に觸るゝが如く或は政府の意に逆ふて其工事の許可を延引せられんことを
是れ恐るゝが如き有樣なるが故に鉄道建築師を外國に雇ふの必要を知りながらも政府の鉄
道畧を知ること能はざるが爲めに遂に此等の事を計較するに暇あらざるものにてもあらん
か我輩の甚はだ遺憾とする所なり
右の事情餘り甚だしき相違もなきに於ては我政府は速に其鉄道政畧を定めて之を天下公衆
に示し以て發起人の向ふ所を决せざる可らず政府果して彼の獨逸の鉄道畧に傚ひ政府の一
手を以て全國の鉄道を掌握管理せんとするか是れ亦自から一策なれども目下鉄道の必要を
感ずる我國の如き塲所柄にて漫に此政畧を採り政府の一手を以て其必要に應ずる程迅速に
鉄道を敷設せんとするは迚も企つ可らざることなれば結局我政府に於て私立鉄道を許可す
るの意なくては叶はぬことなる可し果して然らんには我政府は最早彼れ是れと猶豫するこ
となく斷然私立鉄道を許可することとなして扨て全國各地より私立鉄道を請願する者ある
毎に其發起人及び其事業の確否を點檢（手偏）しく別に不都合の〓なき限りは颯々と之を
許可して可なり或は鉄道局邊の手を以て其工事を測量せんとの見込もあらば颯々と其技術
師を派遣して可なり技術師が不足ならば斷然其旨を斷はりて可なり其他レールの買入の如
き政府にて世話の屆く丈けは敢て之を世話するも亦不可なきが如くなれども屆かぬ限りは
颯々と其旨を通知し私立鉄道會社に關して政府の保護指揮する其區域を一目瞭然たらしめ
たきものなり斯くて私立鉄道に就き政府の指揮干渉する區劃を明かならしむれば私立鉄道
會社に於ては此區劃内に於ては偏に政府の命令を仰ぎ此より以外は尋常營業事務を取扱ふ
の筆法を以て活溌迅速に之を處理するの便を得べきなり私立鉄道は尋常文明流の營業なる
が故に建築師を雇ふにも又レールを買入るゝにも其他一切萬事に就き夫れ夫れ商賣流の掛
引を爲して始めて鉄道經濟法に適するものなれば今日の處にて世の鉄道發起人等は政府の
鉄道畧如何を知らざるが故に唯私立の許可を得ざらんことを是れ恐れ政府の御都合さへ宜
しくして早く工事の許可を得るに於ては經濟上多少の損益などを語るの暇あらず何分宜し
く御願申すと云ふが如きの氣合なれば米國の鉄道建築師を雇はんとする等の計畫を爲すも
のなきも亦謂れなきに非ざるなり左れば我政府に於ては早く何とか其鉄道政略を定め相成
る可くは政府は餘り私立鉄道上に干渉せず唯之を許可しても不都合なしと認むる以上は速
に之を聞き屆け私立鉄道會社の經濟上最も便宜なるものを撰ばしむるに若かざる可し斯く
て一方の發起人等は或は鉄道局の管理を受けて建築し又一法にては米國の建築師を傭ふて
敷設する等種々の方法を試驗したる處にて費用の最も少なく工事の最も迅速なるものが全
國私立鉄道建築法の手本と爲る可きなり故に我輩は我政府に向ひ日本の私立鉄道は名の如
く其發起人等の獨立に建築するに任じ彼等をして其經驗上に於て自然最良の鉄道經濟法を
案出せしめんことを希望するものなり