「洋酒は純情ならざるもの多し 第一」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「洋酒は純情ならざるもの多し 第一」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

洋酒は純情ならざるもの多し 第一

(見出しの前文)

洋酒に有毒のもの多きは我輩の夙に聞き及ぶ所なるが近日外國人中にも日本の市上に賣買

する洋酒に純情なるもの少なきを語る者あるに付本社々員一日宇都宮先生を訪ふて其實否

を質せしに先生の悉しき答を得たれば即ち之を筆記して本日の社説に代ること左の如し

洋酒其他舶來飲食品の中には贋製にして純ならざるもの多く時としては有害のものさへあ

るにも拘はらず世人が之を飮食して得意の顔色あるは我輩の夙に苦慮する所なり十年來洋

酒輸入の調査を見るに

 明治十年      二十七萬七千圓

 同十一年      三十萬八千圓

 同十二年      二十七萬四千圓

 同十三年      四十萬七千圓

 同十四年      三十二萬八千圓

 同十五年      三十二萬二千圓

 同十六年      三十萬二千圓

 同十七年      三十萬八千圓

 同十八年      三十五萬七千圓

 同十九年一月より十一月まで 四十四萬七千圓

右の如く洋酒の輸入高は年々に増加すれども其高未だ莫大と云ふに足らざれば之を不問に

措て可なるが如くなれども一片の老婆心を以て考ふれば亦默止す可らざるものあり抑も我

國にて洋酒を飲み舶來の飲食品を需用する者は大概上等社會の人々にして此人々が飮食品

の爲めに身体を害することもありては其人の不幸のみならず國の爲めの不利なれば聊か此

輩の注意を促がさんがために西洋諸國に行はるゝ酒類の贋造法を記して一覽に供すること

左の如し但し我輩は日本へ輸入する洋酒洋食を悉皆贋造有毒と斷言するには非ざれども是

れまで舶來の品物は大概皆その本國に用る品よりも粗なるが如し其趣は日本の京坂に品物

を製産して其産地には上品を用ひ四國九州邊に送るものは下國くだしと稱して一層の下等

品に限ると一般にして西洋諸國より日本に舶來するものには上等品の少なきを知る可し然

るに洋酒類は彼の本國にても既に純精のものなきに苦しむ由なれば况して日本に舶來する

洋酒に下品の多きは我輩の萬々信ずる所のものなり

麥酒は洋酒中特に贋製少く隨て有毒なるものも亦稀なれども黒色麥酒の如きは實に危險な

りとす抑も麥酒は大麥を以て釀成する者にして黒色麥酒は大麥を黒く炒りたるが爲めに此

の色あるのみ而して麥酒は總べて苦味を與ふが爲めにホツプを加ふれどもホツプは高價の

草實なればストレーキコーチ又は鴉片を混じ用ゆることあり英國にては此両獨藥を黒色麥

酒に加へて輸出品となすを常とするが故に佛國にては此黒色麥酒を英國鴉片と稱して擯斥

する由

葡萄酒は麥酒に比するに其危險實に甚しとす抑も此酒は葡萄を以て釀成するものなれども

佛國の如きは内外の需用甚だ多きを以て贋製せざれば葡萄の供給常に不足するを免かれず

今贋製の尤も尋常なるものを調査するに兩樣ありて一は一度葡萄酒を釀成したる渣滓に水

及び砂糖を混じて更に釀成し又其渣滓に水及び砂糖を混じて更に釀成し如此すること凡そ

數度に及び共に稱して葡萄酒と銘するもの、又一はアルコールに醋酸及び砂糖を各適宜に

加へたるものなれば兩樣共に其色薄きを以て蘇黄ロツクウード又はアニリン抔を混じて赤

色を扮裝す、又正銘の葡萄酒にても釀成する中に惡臭を生ずること屡々なれば此時には獣

炭に漉して惡臭を除くの法あり斯の如くすれば赤色も共に去るが故に亦前法に由りて着色

するを常とす此着色に用ゆる蘇黄ロツクウード抔あh無害なれどもアニリンは有毒にして

西洋各國大概これを飮食品に混ずるを禁ずと云ふされども尚一層危險にして佛國輸出の葡

萄酒に普通なる贋製あり即ち葡萄酒中に自然醋酸を多く生ずるときこれに酸化鉛を加ふれ

ば酸化鉛は溶解して醋酸と和合し所謂醋酸鉛を生ず此醋酸鉛は味甘くして僅に澁味を帯ぶ

るが故に鉛糖と稱する程なれば大に葡萄酒の甘味を増加すれども此鉛糖こそ實に劇毒の一

種なり以上葡萄酒の多き贋製は啻に佛國のみならず其他各國にも亦一般に行はるゝ由

ブランデー酒の危險は葡萄酒と殆んど一般なり抑もブランデー酒は葡萄酒を蒸溜して製造

するものを最上となし此外蜀黍馬鈴薯麥などにて製造する者ありて共に英佛両國より多く

輸出するに大概有毒なるもの多し其故はブランデー酒は何物より蒸溜するも其色白きもの

なれば之を〓(木+解)に貯ふるに漸く黄帯褐色に變ず而して此桶に貯ふること久しけれ

ば其色亦厚く且味美なれば常に黒燒砂糖を加へて態と其色を厚くし以て如何にも久しく〓

(木+解)に貯へたる酒の如く思はしむと云ふ此黒燒砂糖は砂糖を鍋に入れて燒きたるも

のにして無害なれども別に青酸(又毒藥の大王と稱する者)亞砒酸(又砒石と稱する者)

及び烟草葉(烟草葉にもニコチンと云ふ毒あり)を葡萄酒又は蜀黍馬鈴薯麥などにて釀成

したるものに加へて共に蒸溜し若しくは蒸溜せし後に混ずるを常とす是れ皆ブランデー酒

をして醉性を強くせしむる爲めのみ

近來我國にて最も多く需用する所の麥酒葡萄酒及びブランデー酒共に贋製の多きこと前文

の如く此外シヤンパン、セルリー、リキユール、ベルモツト、ウヰスキーの諸酒共に有毒

物を混ずるもの少なからず我輩は一々之を記載せんとするも多く紙面を塞ぐの嫌あれば姑

らく洋酒の有毒なる例證はこゝに止め更に飮食品に就き一言せんとす(未完)