「外國人を待つの身構は如何」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「外國人を待つの身構は如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

外國人を待つの身構は如何

我日本國にて追て條約を改正して外國人に内地雜居を許可するに至らば外國人は商賣興業

等の目的を以て頻りに我國に渡來す可きや或は來客思ひの外に少なかる可きや如何の疑問

に就き漫然たる江湖の人の説に日本の國たる土地褊小にして人口多く寶山空しく盡きて野

に遺利なし、外國人來りて此間に雜居するも商賣の區域は狭くして一攫萬金の儲け口なく

資本を持参して之を使はんとするも之を投ずるの事業なく窮邦には居らず貧人には接せず

云々とて迚も日本に近寄らざる可しなど云ふものあれども我輩は容易に此説に感服する能

はざるものなり其故如何と尋ぬるに凡そ工藝上より國民の有樣を區別すれば器械の國と手

藝の國と兩樣に相對して見るべし器械の國にては凡百の物品、器械を假りて之を製造する

が故に人力を要すること少なくして其産額甚だ多く隨て其價も亦低廉なるのみか大小精粗

毫も相差はず揃ひも揃うて整然たることなれども手藝の國にては物品を製するに概ね人の

指先きのみを以てするが故に大小精粗不揃にして甚だ不器用なるのみならず勞力を要する

こと多きが爲めに其價も亦隨て不廉にして品の精粗、價の高下、固より器械製に比す可き

に非ず左れば今器械國と手藝國と双方同種類の物品を製造して互に相競賣することもあら

んには手藝國に於ては天然人工種々樣々の便利あるにも拘はらず大抵器械國の壓倒する所

と爲るは固より多言を待たざるなり然るに今日本國は工業上より觀察すれば勿論手藝の國

にして製造には概ね人の指先きを以てして器械を用ゆるの部分は甚だ少なきものゝ如し試

に日本の製品を見るに木綿絹布紙類及び金銀工等その未製品を採りて之を夫れ夫れの製作

塲に運送し斯くていよいよ一廉の製品に仕上るまでに何程の器械を用ゐたるやと云へば

時々簡単なる器械を用ゐて纔に人の腕力を助くる位の事にして或は其製法の未だ發達せざ

るものに至りては初より十指のみを使用して簡單なる器械さへも尚採用せざるもの少なか

らず左ればにや彼の生糸の如きは日本の國産中實に第一位を占むるものなれども今日の實

際に於ては所謂器械糸は甚だ少なくして坐繰糸とて腕力又は水車を以て繰りたるものが其

の重もなる部分を占め或は農家の老媼が手枠を以て製したる提糸と稱するものさへ甚だ多

き由に聞けり生糸は國産第一品にして之れを製する其際に器械的の作用を働かすの部分頗

る多きものなるに然るに其器械を用ゆるの塲合の少なきこと斯くの如き推して其他の製造

品を概すれば我々日本人の身分として強ひて奮發して評するも日本國を目して器械の國な

りとは云ひ難からん左れば今後我國にて内地雜居を許可するに當り歐米器械國の人々は其

慣手の噐械を以て追々日本の内地に深入し從來手藝のみにて製したる物品を其所持の噐械

にて製造したらば之を内地人に販賣し或は又海外へ輸出する等その資本を投ずるの事業は

决して少なきを患ひざるべし聞く所に據るに英國倫敦の商法會議所にては日本にて外國人

の内地雜居を許すは近き内にあるべしと聞き先頃より東京駐在の英國領事に依頼して日本

の紡績織物等の事を探り又近頃は小刀庖刀等都て鐵製噐物製造の事に付き取調べ最中の由

なるか是れは英國商人が内地雜居の後、日本國内に紡績織物所を創立し或は又鐵噐製造所

を開設して噐械的の大事業を營まんとするの底意ならんと云へり目今日本紡績織物の事業

の未だ發達せざるは日本輸出の生糸にて織り立てたる絹布類が佛國及び其他の國より時に

或は返輸して日本に入り來ることあるを見ても亦其一斑を窺ふべければ外國人が親から日

本國内に地位を占め其精巧なる噐械を以て紡績の事に着手したらんには一廉の利益ある營

業と爲ること疑を容れざる所なり特に日本國内にては鐵類の産額甚だ少なく其鍛練製作も

亦甚だ不噐用なるが故に今若し英國の地鐵を輸入して一大鐵噐製造所を建設し日本を始め

東洋諸國の鐵噐需要を一手に引受けたらんには是れ亦屈強の營業と爲る可きや必然ならん

其他從來手藝を以て間に合せたる工業を更に噐械的の工業に變じて新に事を起すに於ては

其事隨て起り隨て便利にして殆んど際限なきを見る可し斯くて外國人が我國に地位を占め

て各種の製造所を設け各樣の商賣を營むこととも爲らば日本國人の中にて職業を奪はれ商

利を占めらるゝものも多からん優勝劣敗は自然の原則、人力を以て制す可らずと云ふと雖

ども是れは所謂自暴自棄の言にして我輩これを言ふを好まざるのみならず苟も我商工家に

して劣を以て自から居るの道理もなく又事實もあらざれば唯その知見を博くして内外の事

情を明にし細大に注意して油斷することなく奮勵振作我力の及ぶ所を盡して凛然以て外人

の到るを待つの覺悟あらんと我輩の切望する所なり(高橋義雄)