「教育を政治の外に置くべし(前號の續き)」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「教育を政治の外に置くべし(前號の續き)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

西洋に於ては日本と趣を異にし古來教育の全權は僧侶の掌握する所と爲りて封建の時代に貴族上流社會の學問は更なり下等貧民の教育に至るまでも宗門に於て之を支配し就中カソリツク宗派の如きは往時教育の任を自門自宗の特有なりと心得、僧侶と爲るべきものに學問を授くるの傍ら兼て貴族子弟の同學を許したれ共一般の人民には學問知識の無きを宜しとし後ち更にプロテスタント宗の起るに及んで此趣きを變更し民間通俗の教育をも一手に引受けて上等下等の別なく教育の事は僧侶專ら之に當り後には教育の全權を利用して宗旨上の目的に供せんとしたるより其弊害百出し繼で君主人民漸く此事の非なるを悟り教育の權を僧侶より取戻さんと欲して大に其爭を起し遂に教育の還俗(Securalization of Education)と稱へて宗旨教育混同の弊の薄らぎたるは漸く近代の事なれ共數百年來の慣習一朝にして除くべきにも非ず西洋諸國普通小學の事は今も尚ほ各地〓〓區の管理に歸し寺區と學區と判然の境界ある者極て尠しと云へり日本今日の勢にては宗教は殆んど教育に縁由無き者となり民間の通俗學校と寺院とを混同するもの少なきは實際の得失如何に拘はらず西洋人の見る所にては甚だ美なりと稱することならん

右の如く日本の教育は古來宗門の支配を受ること少なかりしと雖ども一方に政治の支配を蒙りたるの害は亦尋常ならずと爲すべし前論にも述べたる通り開國以前日本の教育と稱すべき者は支那學なり支那學の大要は經子百家皆な治國平天下の道にして學問と云へば治平の二つより外なきの次第なるゆえ教育は全たく政治の部局内に逐縮せられ學問を司るの人と政治を司るの人と別別ならずして隨て眞正なる教育振興の點に於て非常の妨害を受けたるは事實に於て明白なる可し之を要するに西洋は宗旨教育混同の國にして日本は政治教育混同の國と云て可ならん此二つのもの與に弊害を免れずと雖とも宗旨の爲めに教育を濫用したる弊と政治の爲めに教育を濫用したるの害とを比較する時は後者の害の大なる言はずして瞭然たるべし何んとなるに宗旨の目的は人間内部の心神を感化せしむる者にしてその心神既に發達すれば自から獨立の思想を生じ隨て學理の境内自由にその腦髓を働かせて諸の工夫を錬る可きが故に縱へ始めには其害も被むるも後に至りては自啓の智力却てこの害を治療するの方便もあるべし即ち教育は宗旨の爲め直接に害を受くることあるにも間接に其の益を得て差引勘定の上其成績より論ずる時は間接の利益能く直接の損害を償ふて尚ほ餘剩もある事ならんと雖とも其政治の束縛を蒙りたる弊惡に至りては决して此の如きものに非ず元來政治の目的は現在の制度を其儘に保守せんと欲する者にして之に反對する新規の主義思想は大に以て忌避せざる可らず宗教は單に人の精神を制するのみなれども政治の有力にして緻密なるものは能く人の形體を支配して又能く其思想を束縛す即ち人生の外部に命令して内部を勸化するものなれ〓〓〓〓〓にして浸入する所探しと云ふ可し不幸にも〓〓〓於ては百千年來政治の勢力獨り強大にして何分〓〓〓〓精神の獨立を許さざりしより學問の進歩非常〓〓〓て〓に今日に至りしは惜しむべきの次第と謂ふ

〓〓〓〓は宗旨の爲めに教育の妨害を受けたる國なるが故に學士教育家が其教育還俗論を主唱するは當然の理にして又實際に於ても斯く無くては叶はぬ儀なるべしと雖ども前申す如く日本の宗旨は教育に關係して弊害を遺したること少なければ深く其還俗論を云云するにも及ばざる筈なるに世の論者は東西事情の相違する所あるにも心付かずして漫に西洋の時論に模し適適僧侶に小學教育の任を負はせては如何など云ふ議論の端緒を開く者あれば熱心これを批難し僧侶に教育を任するの弊害は恐る可きものなり殷鑑遠からず西洋のむかしに在りなどと喋喋するは我輩に於て寧ろ其着眼の狹隘なるを笑はざる可らざるなり眼前西洋人が日本に來りて耶蘇教を弘むるに先づ第一着には學校を起して普く世俗の子弟に入學を許し宗旨には縁の遠き讀書算筆理化博物の諸藝を教え且つ其國の言葉まで授けて徐徐に布教の計畫を爲すは別段の新工夫にも非ず即ち西洋一般宗旨を以て教育を支配するの筆法をその儘寫して日本に應用したるに過ぎず世の人は耶蘇宣教師が學校教育を利用して教法を弘むるの工夫を珍らしとして賞讃すれども是れは西洋の常例にて別に日本限りの新法と云ふにも非ず只西洋に於ては教育の部内に尚ほ宗旨の勢力ある反證として見るべきのみ之に反して日本の僧侶には一切此等の大望なく好んば小學の教育を其手に任せたりとて西洋の如く宗門の爲めに教育を濫用するの掛念は先づ以て無用の沙汰なる可し唯恐るべきは東洋古來の積習にて教育を政治界外に置かず時時政治家の胸案にて隨意にこれを變動するの慣行に在るが故に日本教育の長計を策したらば先つ教育を政治外に獨立せしむるの工夫肝要たるべきなり其獨立の方法論は之を他日に讓る              (畢)