「郡區長撰任の事」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「郡區長撰任の事」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

郡區長撰任の事

今後日本の全國に鐵道の便大に開け運輸交通益々盛んなるに至れば今の府縣の行政區劃を廢して全國を政府の直轄となし其事務の分つべきものは之を分て郡區町村に委し之が自治に任ずるも可なりとの旨は過日既に論述したる處なれども之は今後幾年を期したる談にして今年今月直に大に其實行を促すものにあらず聞く所に依れば政府に於ても目下地方制度の取調中にて何れ其中には發布すべしとの事なれば遠からずして今の地方制度に變革を見ることならんが我輩は茲に取敢へず現在現行の制度中郡區長選任の事に就き聊か注意を促し度ものなり抑も現行の郡區町村の編制法は明治十一年七月を以て定めたるものにて同時に府縣官職制の達あり其職制中郡區長の項に郡區長は該府縣本籍の人を以て之に任ずとありて必ず其府縣に在籍する人に限る事を明言せり盖し郡區長の地位は一般の府縣官と大に其事情を殊にするものあり元來今の府縣の區劃は中央政府は其政令を人民に敷くの便宜を計りて設けたるものなるが故に府縣官たる者は能く中央政府の命令訓示を奉して之を人民に傳ふるの間、事を誤するに敏捷にして絶えて停滞沮格の患あらざるに於ては之を稱して能吏となすも亦可なりと雖も郡區の事に至ては則ち然るを得ず之を一纏めとして府縣となすときは府縣政の及ぶ所は其大體に止まりて幾樣の民情、幾種の利害、自ら其中に成立つの餘裕あるべしと雖も之を細分して郡區となすときは其民情利害既に單一にして亦分つ可らざるの極に達す、所謂郷黨の俗なるものにして數百年來の習慣を成し其微妙なる處に至ては殆んど他人の想像にも及ばざる所ありて生來この中に育はれたる者にあらざれば共に相語るべからざるのみならず語るも亦これを解すること能はざるもの多し左れば彼の郡區長なるものは上に向ては政令施行の責任に當り下に向ては斯くも微妙なる民情利害の衝に接し一身その兩間に立て事を處理するものなれば既に吏務に敏捷なるが上に又この微妙なる民情利害に通するの明なかるべからざるは勿論の事にして彼の府縣の官員が九州の人にして中國に奉職するも又は東北の人にして四國に在勤するも其人の出處を問はず唯その吏務の擧るを以て能となすものと同日の談にあらざるなり畢竟政府に於て當初この成法を定めたる精神も此邊に存する事ならん誠に申分なき次第にして今後地方の制度に變更あるも郡區の事を理する者を其地在籍の人より選任するの一事は決して變すべからざるは勿論、現行の成規の所見にては之を改めて年來該郡區本籍の者とするか又は該府縣本籍にても其府縣に住居すること何年以上と年限を定めて俄に他より轉籍するも此撰任に當る可らざるを以て至當ならんと信ずるものなり顧みて今日の實際を見れば大切なる成法も或は其精神の如くに行はれざるの跡なきやと竊に疑はざるを得ず現に官報の報告する所を見るに間々甲縣の人にして乙縣の郡長に拝命又は轉任する等の例なしとせず盖し是等の人は元來乙縣本籍の人にして偶々甲縣に奉職し終に又その本籍なる乙縣に歸任したるものなるやも知るべからずと雖も又世間の言を聞くに目下郡區長選任の實は必ずしも其府縣本籍の者に限るにあらず唯其職に拝すると同時に其籍を移轉するのみにして何等の差支を見ず甚しきは他縣より郡區長に轉任し來り未だ數月ならずして更に他の職に移り恰も郡區長の地位を以て一時待職の用に供するなどの談もあり是等は例外にして容易に實際にあるまじき事なれども全體の樣子を察するに郡區長選任の成法も或は精密に行はれざるの趣を窺ひ見るに足るべし我輩の大に遺憾とする所なり盖し從來政府の發したる成法にして實際の施行に不都合を見出し知らず識らずの間何時か徒法に屬したるものゝ例なきにあらずと雖も郡區長選任の法の如きは實際に於て其不都合を見ざるのみならず其利害の〓する所、極めて大なるものなれば我輩は唯當初この成法を作りたる其精神通りに實行あらん事を祈るのみ