「新養蠶地の資本家に望む」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「新養蠶地の資本家に望む」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

新養蠶地の資本家に望む

古來我國の養蠶家は繭を作れば又必ず絲を製し因襲の久しき今日猶お其舊慣を守て農工分業の利を顧みず前橋福嶋等の地方にて生絲製法に改良の行われ難きも全く此習慣の致す所なれば四國九州中國の如き今より将に物産の起らんとする新養蠶地に在ては其未だ惡癖の移らざるに及んで製絲に器械を用いる計畫ある可しとは我輩が前日(本月二日)の本紙上に於て論せし所なり其説果して事實に〓うことなくんば新地の有志者は今日より器械なければ一日坐繰の風をなす恐あればなり四國九州中國等は〓來始めて蠶桑の業を起すものなれば當初一二年の間は萬事幼稚にして成繭収穫の高も俄に多からざるより一時器械の作法を全うすること能わざる可し器械の装置は大に〓ぎて其材料の甚だ不足するは所謂牛刀を以て難を割く理にして〓て資本家の損亡たる可きこと固より論を俟たず〓隔の村落に出でゝ繭を買集めんとすれば〓貨手數の費あるのみならず供給の少なきより相塲の高まるは經濟自然の勢にして之に加えるに事務の未だ整わざる工業の未だ熟せざる其創立の困難は實に多かる可しと雖ども兩三年の後を豫想すれば繭の産出は期せずして四方に起ること前日我輩が之を以て火事の飛火に譬えたるが如くなるべきや固より疑を容る可きにあらざれば當初暫時の損亡を覺悟して前〓に望を属するときは土地の資本家の利益は決して空しからざる可し是れ我輩が一時の損を忍んで永〓の得を〓むる策を勸告する由〓なり

〓來民間の景氣漸く回復する色を現わして殖産工業の企も少なからず〓して其産業會社の立つや多くは大人數の貯金を合一して資本調〓の苦を覺えざるものなれば製絲器械の設立も亦或は此の合本會社の組織にして容易なる可きに似たれども如何にせん當初兩三年の間は損亡さえ多き姿なれば況して利益の配當などは思いも寄らぬことにて株金の募集に應ずるものある可きや甚だ疑わざるを得ず去りとて獨力を以て資本を借〓するも常に利息に〓わるゝのみにして到底相償わざる〓ある可し然らば器械の設立を猶豫して成繭の〓穫〓加する日を待て事業を起さんか農工兼帯の習慣は〓に古へを成して製法改良の困難は上州奥州の覆轍に同じきものなる可きや之を〓徃に推して明白なり〓〓甚だ難澁なるものと云う可し

舊業家の説に據れば製絲器械の装置は今日の有樣に於て先ず工女百人を使用するものを以て〓當なりと云えり工塲の仕組を大にすればとて其割合に入費を要するものにあらず五人の家内にても八人の家内にても竈は一つにして足るが如き〓理なれば百人取よりは百五十人取りの方利益多かるべし百五十人よりは二百人、二百人よりは二百五十人と次第に其數を〓し其器械を大にするに〓い愈々利なる可きに似たれども一地方に〓穫する成繭を當てに製〓するには百人取りに超ゆ可からざるとは從來の實〓に徴して然るものならん今暫く其意見に從いて製絲塲を設立するときは器械塲貯繭所より事務所、蒸氣〓所工女の住居する家に至るまで地面を要すること七八百坪にして人數は工女百人の外に諸〓百四五十人なるべし猶お經濟の法を考えて一人にして二役以上を兼ね八時間は十時間も働くと云うが如き仕組をつるときは案外に勞費の少なきを致すべしと雖も先ず右の地所人數を以て豫算を定むれば實際に於て甚しき相〓もなかる可き〓此豫算を以て最初數年間は利益なきのみか時としては損亡もある可しと覺悟し製絲塲四〓の村民を約束して〓穫したる成繭は悉く之を其製絲塲に賣ることとなし製絲塲も亦相當の價を以て買い取り工女職人も成るべく其地方の男女を用いる制とすれば材料の足らずして器械を休ましむることも少なく又村民には繭を〓穫したる後に仕事ありて雙方互に不平少なく斯くして年月を經れば成繭の産出を〓すと共に器械製〓の習慣を養い數年の末には坐繰法を教えんとするも其見〓なきに至るべし其時は即ち生絲製〓の利益多き日にして又同時に農工分業の美風を購い得たるものなり故に四國九州中國等新養蠶地の實業家は來年と云わずして今日只今より器械設立の計畫あらんこと我輩の希望に堪えざる所なり