「外國貿易」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「外國貿易」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

外國貿易

國を開て以來既に三十年なり其間海外の貿易年を逐ふて盛んなりしは誠に我輩の悦ぶ所に

して特に昨明治二十年度の輸出入は外國交通の開けてより未曾有の高額に達したるものと

す即ち其輸出品價再輸入を差引て純計五千一百四十一萬九千六百七十八圓(銀圓)これに

對する輸入品價は同く再輸出を差引き純計四千三百八十萬零々百五十八圓(金銀混同)輸

出入總計九千五百二十一萬九千八百三十六圓の大額にして輸出は一昨十九年度より多きこ

と三百四十八萬四千六百十六圓之を比較するに昨年は一昨年に對して七分二厘の進歩なれ

ども輸入の増加に至りては其勢ひこれより熾んにして其額の一昨年に勝ること一千二百五

十六萬二千九百二十七圓増加の割合四割零二厘なり然れども爰に外國貿易の調査に關して

平生我輩の困難を感ずるは關税局の計算に輸出品價は專ら銀圓を以て本位と爲すにも拘は

らず輸入品價は之に反し金銀貨を混同して其間に等差を立てざるより唯單に輸出入の差の

みを見て容易に其年度貿易の實况を推す能はざるの一事是なり例へば一昨年の輸出額も數

に於ては差引勘定輸入の額に勝ること一千六百餘萬圓なれども金銀に差を立てゝ計算すれ

ば更に一千一百餘萬圓と爲るの事實は貿易年表を閲したる人の知る所なるが如く昨年度の

海外貿易も金銀の平均相塲二割九分七厘の差を立てゝ算用すれば輸入の元價更に五千一百

十一萬九千四百十五圓に上る可き割合にして一切銀貨の勘定にすれば輸出入品の總元價一

億零二百五十三萬九千零九十三圓に當る者なり兎に角に海外貿易の價格年一億餘萬圓に達

したるは昨年實に其嚆矢にして特に一昨年の貿易額は再輸出入品の價格をも込めて計算し

たる者なりしに昨年の表に於ては一切之を扣除して專ら純輸出入を掲げたるの次第なれど

も若しも之に再出入品の價格を併せたらば昨年貿易の全額は更に其上に昇るの計算なるを

や祝せざるを得ざるなり其他尚ほ統計の詳密なるを知らんとならば去月十三日の時事新報

に登載したる大藏省關税局調査の貿易畧表を見る可し昨年度貿易の景况は之に就て思ひ必

ず半ばに過ぎん

昨年度の輸出貿易を一昨年に比較して僅々七分二厘の増加なるは寧ろ我輩に於て其進歩の

意の如く迅速ならざりしを嘆ずるの次第なれば姑らく言はず唯輸入貿易の頓に四割零二厘

を増したるに至りては寧ろ案外なる變化にして一時二千九百萬臺にまで下りたる輸入貨物

の斯く俄に需要を促したるは内地の不景氣漸く回復したるに因る者なるか但しは時の變相

なるか未だ容易に其邊を判斷する能はざれども去る明治十三四年の其頃より商况の衰退次

第に甚しく外國貨物の需要年々に減縮しこれと同時に内地の物價も下落したるが爲め商品

の輸出を外に促し、出る者倍々増して入る者の彌々減じたるは一昨年までの景况なりし然

れども凡そ經濟の法に於て供給盡る時は需要を促すは自然の働きなるが故に昨年輸入額の

斯く著しく増進して出入殆んど其平準を復するに至りたるは憂ふ可きの次第に非ず盖し輸

入品價中の幾部分は鐵道紡績其他昨年來東西各所に起りたる諸會社器械材料買入の費用に

屬するもあらんなれども其大半は金巾更紗衣服酒類雜貨諸般の貨物に於て著しく輸入を促

したるに因る者なる可し今試に昨年一昨年両半季末の貿易月表に付て各其趣を推察するに

       十九年六月  圓     二十年六月  圓     増  加  圓

衣服並附屬品    一四、六四六       四三、三四八      二八、七〇

金巾其他織物   七四六、九五四    一、四九〇、二九五     七四三、三四

西洋雜貨     一三六、六四三      一九五、七〇六      五九、〇六

酒類        五四、五〇七       八〇、一六八      二五、六六

金屬製品     二二三、七四四      三〇二、一一九      七八、三七

 小計    一、一七六、四九四    二、一一一、七三六     九三五、二四

        十九年十月        二十年十月       増  加

        (昨二十年の貿易月表は十一十二兩月の調べ未だ出來せず依て最終十月

         の調べを以て假に之に充つ)

              圓            圓           圓

衣服並附屬品    八二、七八七      一五八、一一二      七五、三二

金巾其他織物 一、三九三、五七八    二、四〇八、九〇三   一、〇一五、三二

西洋雜貨     一八五、二八三      三六一、八三八     一七六、五六

酒類        四五、七三九       八九、二〇〇      四三、四六

金屬製品     二八八、七一五      三四二、〇四八      五三、三三

 小計    一、九九六、一〇二    三、三六〇、一〇一   一、三六三、九九

右は僅々二箇月間の比較にして年度貿易の統計とは多少の相違もあらんなれども昨年輸入

額の増加したるは鐵道紡績等臨時の事業よりも全體に内地の景氣恢復し隨て外品の需要を

促したる者主重の原因なるは粗ぼ知る可し追て我輩は昨年度貿易年表の出來次第輸入増加

の原因を詳にするの機を待つ者なり

我輩が昨年度の貿易概表に付て偏に着目したる者は銀貨濫出の問題なり今其表に據るに昨

年中の輸出金銀貨は一千一百零三萬五千四百八十七圓にて之に對するの輸入は八百八十七

萬一千二百六十六圓なるが故に差引計算すれば正貨の純輸出正に二百十六萬餘圓に當るの

割合なれども輸入の正貨には金多きが故に之を銀圓の價格に引直せば純輸出の額著しく減

少して僅々五萬七千餘圓に過ぎざる者なりとか云へり果して此統計の如くならば方今世上

の問題たる銀貨濫出の件の如きは毫頭掛念に足らざるの次第なれども然れども税關の登記

に上らずして外國に出去るの正金貨幣は凡そ幾何なる可きや兵器船艦其他陸海軍事に要用

なる物品の支拂より外國公債元利の償還其外政府部内の費目にして其事の機密に渉る者も

あらんなれば唯單に貿易統計の表に許へ銀貨濫出の額を微々たる者ならんとして度外に放

棄するは我輩の取らざる所なり且つ輸出輸入に超過すれば正貨外より來て其不足を填むる

は經濟の法則なるに昨年の景况一方に輸出の超過を顯はしながら一方に又正貨の外出する

は必ず理由なくんばあらず之に關して聊か鄙見の次第あれども本論は唯外國貿易の總况を

評したるまでにして今日爰に其事を論するの遑なければ姑らく之を他日に讓る