「明治二十年中民事訴訟の一般を評す」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「明治二十年中民事訴訟の一般を評す」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

明治二十年中民事訴訟の一般を評す

一昨日の官報に據て明治廿年中全國民事訴訟(勸解をも含入す)の調査表を閲するに東京

を始め全國各始審裁判所四十七の法廷に於て扱ひたる初審訴訟總件數は六萬零五百四十二

件、内十九年よりの引繼に係る者六千八百七十七件にして殘る五萬三千六百六十五件は廿

年中の新受事件なり然して既决の分五萬四千二百八十二件なるが故に差引き六千二百六十

件は未决の分として廿一年に廻はされたる者なり今訴訟の總件數を百と立てゝ既决未决の

割合を比例するに既决は百分の八十九強未决は同十一弱即ち十件に付一件は未决の分に當

るの割合なり次に勸解件數を調ぶるに昨年中の總數四十二萬五千九百二十七件にして既决

三十九萬八千八百九十四件未决二萬七千零三十三件其比例は既决百分の九十三未决百分の

七、初審訴訟に較べて未决事件の割合更に少きを見る可し次に初審訴訟と勸解との件數を

合計するに四十八萬六千四百六十九件これを全國の人口三千八百十五萬一千二百十七人に

均分するに七十八人に付毎年一件つゝの民事訴訟を提出して法廷を煩はすの計算なり西洋

各國の例は詳ならざれども日本國に於て近來訴訟事件の著しく増加したるは疑ふ可らず隨

て健訟の風を釀し始審廷に勸解を抑ふがずして濟む可き事柄をも強て法衙の前に提出する

より斯くは民事沙汰人口七十八人に就き一件つゝの多きを致せし所以ならんか、次に東京

外全國とも都合七控訴院の扱ひ事件は總計二千四百九十一件にて既决一千九百六十五、未

决五百二十六即ち百件に付廿一件は未决、七十九件は既决なり又右總件數の内二十年中の

新受件數は二千零四十一、前年よりの引續き事件四百五十件なるが故に昨年の未决事件は

一昨年來の分に較べ數に於ては七十八件の澁滯を來せし者の如し、、其次は大審院第一第二

兩局の取扱ひ件數合計八百八十一、内既决五百九十八未决二百八十三即ち百分の六十八と

三十二との割合なり、以上事實に誤りあらずとすれば法衙の等級次第に昇るに縦ひ未决事

件即ち下樣にて澁滯と稱するものゝ數は漸次増加の勢ひあるを知る可し今その比例を掲ぐ

るに

     取扱件數百に付既决の割合      同上未决の割合

勸解      九、三 (、の右に小さい割)     、七(、の右に小さい割)

初審      八、九               一、一

控訴      七、九               二、一

上告      六、八               三、二

次に各裁判所事務の繁閑を比較するに東京始審裁判所はサスガ全國の首府たる土地の法衙

なれば扱ひ件數最も多く四十七箇の始審裁判所扱ひ初審訴訟總件數六萬零五百四十二件の

内東京のみにて六千九百二十八件即ち百分の十一以上を占めたり東京の次位に位するもの

は大坂、長野、山形、浦和等にして神戸、横濱の如きは却て其下に位し内地中にて最も扱

ひ件數の少き地方は鹿児嶋、宮崎、和歌山等にて最後に金澤を最少數とす然れども全國の

上に就て言へば沖縄の一箇年二百三十一件、根室の同く百十一件を最低點とせざる可らず

控訴院の扱ひ件數に至りても東京は一千零四十三件即ち七控訴院扱ひ總計二千四百九十一

件に比例すれば百分の四十二弱を占め大坂控訴院は次に六百五十一の位に居るが故に之を

三百六十五日間に平均するに東京は凡そ一日間に三件、大坂は三日間に七件の處分を爲

さゞる可らず次に宮城は一箇年に二百零九、名古屋は同く二百零七、之を同じく一箇年の

日數に平均するに各々三日目に二件つゝを裁判して尚ほ餘日ある可きの計算なれども宮城

に於ては五十五件名古屋に於ては三十五件の未决事件あるより見れば法衙の事務は局外な

る世人の望むが如くには實地行はれざる者と思はるなり下て廣嶋控訴院の扱ひ件數は年に

百七十三件即ち二日目に一件足らずの割合長崎の件數は百六十二件即ち七日目に三件の平

均なり最後に函館控訴院の件數は四十八件即ち七日目に一件を處理すれば法院に未决事件

殘らざるの筈なれ共廣嶋には十七件長崎には五十八件函館には十七件の未决訴訟ある所以

は何故なりや年末餘日なきの期に押詰まりて控訴事件突然に増加したる特別偶然の事情あ

らば兎も角もなれども去迚歳月將に暮れんとするに臨み斯く控訴事件の増す可き者とぞ思

はれざれば未决事件の多き原因は畢竟法衙其事を鄭重にするの致す所ならんかと推察せざ

るを得ず今之を表に製するに

        日數と件數との割合 東京を百と立てゝ各院事務繁簡の比較

 東京控訴院  一日間に三件           一〇〇

 大坂控訴院  三日間に七件            七七

 宮城控訴院  三日間に二件            二二

 名古屋控訴院 三日間に二件            二二

 廣嶋控訴院  二日間に一件            一七

 長崎控訴院  七日目に三件            一四

 函館控訴院  七日目に一件             五

以上、數に於て東京函館兩控訴院の事務の繁簡を比ぶるに東京は一日に三件を處分し一周

日には二十一件の裁判審理を爲すに引替へ函館は同じ一周日に僅かに一件を沙汰して足る

の割合なるが故に東京の控訴院に二十人の法官を要するならば函館の民事訴訟裁判官は唯

の一人にても可なるの理なり何となれば民事訴訟には主任判事一名の外他に陪席の法官を

要せざればなり然るに今の各控訴院諸判官の員數を對比するに從令へ其中に刑事法官の數

を含有するにもせよ

        裁判官        檢(手偏)察官

 東京      二三              六

 大坂      一六              七

 宮城       七              三

 名古屋      六              四

 廣嶋       六              三

 長崎       六              三

 函館       六              二

是に由て之を觀れば地方の控訴院は首府東京の控訴院と反對にして事務全體に閑なるが上、

任に在るの法官割合ひ其數に富むの形迹ある者なれば未决事件も少うして然る可き筈なる

のみか斯る地方の法官は東京の法官に較べ寧ろ無事邊居に苦むことなかるべきや、法官の

無事邊居素より太平の美徳にして結構千萬の事柄なれども一方より論ずれば國庫の費を掛

け折角に設けたる法院なれば事務の繁閑に相應じて理財上にも聊か所望なき能はず其他こ

れに關して我輩私見なきに非ざれば不日記して大方の教を乞はんとするなり