「歐洲國際の關係」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「歐洲國際の關係」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

歐洲國際の關係

日々の紙上にも見ゆるが如く歐洲列國の形勢は次第に危急の觀を呈し一大戰爭の破裂近き

に在らんとするの事相蔽ふ可らざるに似たれども飜て裏面より考ふれば今の戰爭は財を損

し人を殺すの災ひ非常にして歐洲の一隅適々干戈を動すも全歐悉く修羅場に變ずるの影響

を來すこと明白なるが故に各國孰れも我より先んずるの勇氣なく互に差控へて睨合ひの姿

ならざるなし左れば諸國新聞紙の報ずる所に依るも今の時勢は日を重ねて危急に進む者な

れども何日戰爭の破裂す可きやは豫言す可らず出師準備の規模益々宏大なるに隨て宣戰の

機を愼むこと彌よ彌よ微密なるは軍國の法なれば列國頻に兵備を張りながら表面に平和を

假裝し優然事なきの態を示すは本色に非ずして早晩戰爭の破裂と與に始めて其眞面目を顯

はすならんとの説最も多數を占むるが如し即ち歐洲の形勢は次第に危急なるに相違なけれ

ども危急其極に達して彌々戰爭と爲るは今日なるや明日なるや將た數年の後なるべきや唯

之を明言すること至難なりと云ふの外なし

我輩は前條の事實を確めんが爲めに爰に三四の出來事を記して諸君の參考に供すべし抑も

歐洲列國中方今強を以て鳴る者は英佛墺獨一にして足らざれども此等は今日我より進んで

事を好むの國に非ず各々版圖を保持して外、侮りを蒙むらざれば釁を他邦に構ふるを快と

せざるの趣ありと雖も露國は之に反對して圖南の志一日も已む時なきは世人の熟知する所

なり隨てバルガリヤ事件の如きもフエルヂナンド公子存廢の如何んには左まで利害を感ぜ

ざることならんなれども此を機會にして東部に羽翼を伸ばすの野心切なるより同公子の在

位を以て伯林の條約に違背するの行爲となし頻りに各國を劫迫するは目下の状態たるが如

し露國の决心始めより此の如き者なれば平和の手段所詮恃むに足らざるを悟るの曉には斷

然干戈に訴へて爲す所ある可きは明白なりと雖も路に横はるの困難は財政不始末の一條に

して殊に近世の戰は非常の費用を要するを免れざれば露政府も開戰の前に於て大に國庫に

備ふるの手段なかる可らず斯る目的にや墺國フレムデンブラツト新聞の報に據れば露國は

今回新に三億ルーブル(銀貨一ルーブルは金貨凡そ八十錢に當るの割合なれども昨今露國

に於ては紙幣濫發の爲めに銀貨ルーブルと紙幣ルーブルとの間に著しき相違を生じ昨千八

百八十七年に至りては一ルーブルの價金貨の四十錢までに下落したり財政の困難想ふ可し)

の公債を巴里に於て募ると云へり歐洲の金融市塲必ずしも巴里に限るに非ざれども獨墺の

二邦は雙敵なるが故に其市塲に金の才覺を托す可らざるは無論、又英國とても敵味方の仲

なれば之に依頼して公債を募る能はざるは露國の始めより知る所なり即ち歐洲の諸強國中

露國の依て以て金融才覺を托す可きは獨り佛國ある所以にして既に此前も露國政府は佛蘭

西に公債を起さんとして適々佛國政府が窃に故障したるに會し其策の行はれざりし事例も

ありたり此際佛國政府が何故に斯く故障したるやは詳ならずと雖も今日露佛兩國の關係は

决して疎遠ならざるのみか露に獨墺二邦の敵あると均しく佛には伊太利との釁ありて英國

との交際亦左までに親密ならざれば一方の不和は他の一方に和親を助くるの媒を爲し兩國

の間には既に攻守同盟の密約を結びたりなど云ふ風説のあるより見るも交互の關係以て知

る可し隨て今回露國政府が三億ルーブルの公債を巴里に募らんとするに於ても佛國政府は

前回の如く妨害を與へざるに相違なかる可く殘る所は巴里の市塲に露國政府信用の厚薄如

何んなれども是迚も氣遣に足らざるは歐洲の金融市塲に於ける露國公債證書の人氣惡しか

らずして寧ろ其信用は堅固なるの一事なり既にクリミヤ戰爭の其折にも露國公債の所持人

は大半英佛二邦の人なりしにも拘はらず利子の支拂に於ては聊かも約束に違ふことなく英

佛兩國の兵セバストポールの城壁に肉薄し散々露軍を惱ましたるの一方に露政府は巴里、

倫敦の兩所に於て公債に對するの信用を守りたること嚴正なりしは人の能く知る所なり且

つ專制政府は輕躁なる共和政府に比較して信用厚きこと明白の事實なるが故に露國政府が

其名譽を質にして募集する公債に資本を投ずる者亦必ず多數なる可し左れば三億ルーブル

の金を得ること至難ならずとして露國政府が何故に斯る大金を今日に要するやの疑に至り

ては容易に臆測し難けれども之を以て今の紙幣を償却し財政の紊亂を整理すると云ふの規

模あらんとも思はれざれば或は一旦事あるの日に備ふるの覺悟なるやも知る可らず兎に角

露政府が今回巴里に三億の公債を募らんとするの一報は歐洲の人心をして其何故に出るや

を疑はしむるの出來事たるに相違なきなり(未完)