「 日米貿易の不平均 」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「 日米貿易の不平均 」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

 日米貿易の不平均 

外國貿易の市塲として日本第一の得意先きは北米合衆國なること論を竢たず昨明治二十年度の外國貿易輸出總計は五千五十五萬餘圓にして其中合衆國は二千百三十萬圓の多きを占め其割合輸出全額の四割二分に當れるは盛んなりと云ふ可し然るに之に反して輸入貿易の景况を如何にと尋ぬるに昨年中の其全額四千四百三十萬圓にして内、合衆國よりの輸入額三百二十八萬圓なれば其割合僅々七分に過ぎず貿易の不平均此上もなき次第にして我輩は平生合衆國の爲めに之を憂へざるに非ずと雖も飜て經濟自然の運行より廣く其趣を推測すれば今日の勢は實に已むを得ざるの因由あるものゝ如し即ち日本は米國に對して輸出偏重の地位に立つ者なれども此偏重は决して日本特有の利益ならずして却て他の方面に在りては輸入偏重の事相を呈して詰まり差引計算すれば日本の外國貿易は出入相與に平均し偏頗なきに至て止まるの成迹を看出すならん例へば英國との貿易に就て之を視るに日本よりの輸出は年額三百四十八萬圓我輸出貿易の全額に對して僅々七分を占むるに過ぎざれども其輸入年額は一千八百九十七萬圓にして之を我輸入貿易の全額に較べ其四割に當るが故に正しく日米輸出入の數を逆にしたる姿にして日本貿易の全面より計ふれば一方に對して多きものは他の一方に少なく其得失相互に平均するを見る可し

右は專ら日本の外國貿易を主眼として立論したる者なれども爰に米國の爲めに考ふれば日本より入る貨物のみ多くして出すべき貨物の少きは利益偏頗の次第たるが故に方便の有り丈けは工風して彼れよりの輸出を盛ならしめ以て雙方の不平均を恢復せざる可らずとの議論は今日既に米人の唱ふる所にして彼の國の諸新聞紙にても之を説くもの少からず日本人の考に於ても米國は現在日本第一の得意市塲にして加ふるに前途の望み極まりなければ日本も其惠に報ひんが爲め務て米国よりの輸入を促し今の出入不平均の弊を除て彼れが我貿物を需要する其丈けには我亦彼れの貨物を消費するの工風なかる可らずとの論は日本人に於て大に賛成する譯なれども其説たる獨り言ふ可くして未だ實地に行はれざるは何故なりや或は米人が日本の貿易を視ること熱心ならず實に却て冷=====缺くが故に實は日本に===第一の輸入者たる可き地位に立ながらも其地位を給する能はざるの故か或は米國の貨物は高價なるが爲め日本の市塲に歐洲の貨物と競爭するの力なくして其輸出を正當の界に進ましむる能はざるの致す所なりやと云ふに二者必ずしも然らざるが如し抑も米國人が今日東洋の貿易に熱心なる其事實は一二にして足らざれども就中鐵道工事の請負に奔走し或は製造諸器械の賣込に盡力し更に一歩を進めては太平洋に海底電線を布設して米亞兩國の聯絡を密ならしめんとする等苦心配慮殆んど至らざる所なく將た其製造貨物に至りても日本に輸出して望みある者少からざる其中に鐵道の事業に於ては軌條は暫らく英國に讓るとするも機關車客車を始めとして製造の事業に於ては紡績製紙印刷等の諸器械等も歐洲の製作に較べて價質兩つながら劣らざる者ありと雖も尚を未だ日本の需要を牽くに至らざるのみ一説に東洋の貿易は純然たる利得主義の商賣に非ず政治上外交上に何か爲めにする所あれば其商賣を枉ぐるをも意とせざるは東洋諸國の常なるが故に獨逸の如きは慧眼速く之を看破し政治上の威光を利して東洋に貿易を弘むるの手段を爲せども米國には斯る方便あらざるが故に貿易賣込みの競爭に於ても失敗を蒙むるは自然の勢なり是れ米國商人の熱心なると米國貨物の廉價なるとに拘はらず東洋の貿易に向て獨り振はざるの原因ならんと以上の論は今日既に米國人の口にも云ふ所にして或は一部の局所に於ては斯る事實もあらんかなれども總して貿易の大勢は經濟自然の法則に支配せられ人爲の障碍を以て遮ぎること叶ふべきに非ざれば米國の輸出今日に少くして獨り日本より輸入偏重の傾きを呈するは他に其原因ある者なりと判定せざる可らず我輩進んで此疑問を解釋すべしと云ふに非ずと雖も次で鄙見を陳して日米貿易の針路如何を將來に卜はんと欲するなり