「東京市區改正委員會」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「東京市區改正委員會」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

東京市區改正委員會

一昨日の紙上に記したる如く東京市區改正條例は去る十七日を以て發布せらりたり抑も市區改正の事たるや年來我輩の其實行を希望して紙上に論辨したる事もありしが今〓に其發令を見るは大に滿足する所なり但し今回發布の條例は重に其費用支出の事に關するのみにして改正事業の設計如何は未だ知る可からざるが故に我輩に於ても其〓の意見を〓ぶ可き塲合にあらず盖し改正の事業には固より費用を要し其費用の支出は改正の爲めに利益を享くる人民の負擔たる可きこと當然にして其負擔の方法にも種々あるべしと雖も今回の條例にて地租割、營業税、雑種税、家屋税と清酒に特別税を課したるは新に税源を求めるよりも便利なるが故ならん又東京區部の基本財産として部内にある官有河岸地を附與して改正の費用に供したるも是れ亦臨時〓當の處分なる可し東京府の統計書に據るに河岸地の總計五十五町三反歩、坪數十六萬五千九百坪とあれば此〓入額も一廉のものなる可し〓改正費用の出處は先づ以て至當なりとして之を負擔する東京市民の資力は如何その資力次第にて今後市中の全體に影響する所如何を想像するに今回の特別税中地租割は從前の地租と同額に至る可くして清酒の輸入税は一石五十錢なるが故に改正事業の都合次第にて其極度までを課するときは東京市中は酒も諸物價も自然に騰貴し就中彼の地租割家屋税は間接に借地借家人に課せらるゝものなれば中以下の市民にして區内の住居は次第に困難と爲り勞働者の如きは次第次第に區外に〓ざかることならん或は純粹の勞働ならで小商人の種族にても安からぬ地代店賃を拂い尚お其上に時としては營業税を課せられ自家に消費する諸色は高直となれば迚も小商賣の所得を以て所費を償うに足らず區外に去る外に手段なかる可し斯る次第にて區内の貧者は年々に減少して其跡は中以上身代慥なる者を以て東京區部を組織し自然に衛生防火等の目的を〓するに至る可し是れは偶然の成跡にして甚だ妙なりと雖も右の如く市區の内外を以て市民の貧富を分ち貧乏世界と富有世界と相對して今後の時勢に兩〓孰れの世界に人口を増加す可きや、富有世界の繁昌日に増〓して帝都の區畫狭きを訴うるに至る可きや或は貧乏世界の貧乏は依然として唯人口の繁殖するのみならず區内、中等以上の者も何時しか中以下に下り自區を脱して貧世界に移住するが如き變相なきを期す可からず詰り帝都榮枯の本源は地方に在て存することなれば今後地方の殖産を妨る者少なくして民の負擔を減し其資力次第に盛なるに於ては中央の繁榮も之に伴いて永〓に無病なる可きのみ

右は唯我輩の想像を記したるまでにして今日の事實にあらざれば之を〓き今回の改正に付き政府は東京市區改正委員會なるものを設けて内務大臣の監督に属せしめ會の組織は委員長一名、内務高等官三名、大藏、陸軍、農商務、〓〓、警視廰、東京府より同二名づゝの外に東京府區部會議員十名より成るものにして右の委員會は〓に東京市區改正審査會に於て議定したる方案に據り特に其改正を要するものゝみを議定し云々と見えたり是れは去る明治十七年、時の東京府知事芳川〓正氏の上申に由り内務省中に審査會議を開き内務大藏陸軍農商務工部の諸省警視廰東京府及び東京商工會より各その委員を命じ翌十八年中に取調を終りたるものを云うことならん其は兎も角も我輩は市區改正の大體に就て異論なきに拘らず右委員會の組織に就き聊か一言せんとする其次第は本來市區改正の事たるや今度の勅令にもある如く營業衛生防火及び〓〓等永久の利便を謀る爲めにして之が設計をなるに當り〓大の計〓と周密の注意とを要するは勿論の事なれば各種各樣の人々相集まり各種各樣の意見を提出すること固より必要なりと雖も今の市區の體裁を改めんとして差向きの難問題は現在の土地建物の處分なる可きに右の委員會は果して此問題に應す可き十分の資格を備うる者なるや否や少しく疑なきを得ず土地建物の處分に付て直接に利害を感ずる者は東京市中に最も多く之を所有する富豪の人々なること勿論にして其所見考案も最も緻密深切なる可きに委員會の面々は必ずしも資産の厚薄に由て撰定せらる可き人にあらず彼の區部會より十名を撰ぶは自から其〓の注意に出たることにもある可し府會議員は土地所有者に限る法にして區部會員も多少の土地を所有して建物等の資産あることならんなれども會員必ずしも屈指の富豪者のみにあらざれば府下幾千萬の富豪を代表して所有の土地建物の處分を議し其利害を爭うに獨り十名の會員に依頼するは少しく足らざるものあるが如し我輩は固より委員會員たる可き其人物の如何を云うにあらざれども之を人〓の自然に訴え身に直接の利害大ならざる者は動もすれば事の眞面目を現わすに足らず假令へ何程に深切を盡すも患者に代て容體を〓るが如く本人の身と爲りては時に隔靴の嘆を免れる難きものなり故に今度の改正委員會に付き我輩の所望を云えば東京市中に最も富豪にして最も多く土地建物を所有する者を取調べ其人物の如何を問わず唯その財産を目的にして數名を撰び之を市中不動産の代表人として會員に加えんことの一事なり但し其撰擧の方法の如きは都て當局者に一任して我輩の喙を容れざる所なり