「森大臣の負傷」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「森大臣の負傷」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

森大臣の負傷

森文部大臣は昨十一日憲法發布の盛典に付き朝第八時の頃參朝の裝ひして居室より將さに

玄關に出んとするとき暴人の爲めに刺されて罪人は其塲に仕留められ大臣の疵は小腹の邊

にして專ら治療最中なりと云ふ抑も此罪人は發狂したる者か或は大臣に私怨にてもある者

か未だ詳ならざれども昨日は是れ我大日本帝國古來未曾有の祝日なるに折りも折りとて斯

る不祥の傳聞に接するとは大臣の爲めに悲しむのみならず恰も國家萬歳の青天に片雲を點

したる心地して不愉快に堪へざる次第なり然るに追々通信の趣きに據れば右の罪人は山口

縣とやらの者にして豫て古典などを研究し敬神の一義に熱したる人物なれば何か敬神主義

の邊より心得違ひして暴擧に及びたるにはあらずやと言ふ者あり若しも此言にして事實に

近きこともあらば政治上には全く無關係の狂暴にして即ち昨日の盛典には縁なきものなり

狂暴の惡む可きは固より言ふまでもなきことながら其狂暴が我聖天子の盛典に間接にも無

縁なりとすれば大不幸の中にも尚ほ強ひて人意を慰むるに足る可きか左れば昨日の盛典は

眞實完全の盛典にして日本國中一物の之を汚すものなく又害するものなし我輩は唯大臣の

一身に就て之を悲しみ幸に其負傷の輕くして一日も速に平常に復し目出度く改めて參朝あ

らんことを祈るのみ