「鐵道會議開くべし」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「鐵道會議開くべし」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

鐵道會議開くべし

日本の鐵道[てつだう]も今や漸く延長[えんちやう]して猶[な]ほ續々各地に勃興[ぼつこう]せんとするの趣[おもむき]なれば世人は之を見て何れも便利[べんり]なりと云はざるはなし蓋し此便利と云へる言葉[ことば]の中には啻[たゞ]に施行[しかう]の迅速[じんそく]のみならず運賃[うんちん]の低廉[ていれん]なるをも含蓄[がんちく]するに相違[さうゐ]なからん成程汽車は一瞬[しゆん]十里駛行甚だ速なれども其賃錢[ちんせん]に至ては決[けつ]して廉[れん]なりと云ふ可らず元來汽車の運賃は何を標準[へうじゆん]とせしものなるや殆[ほと]んど解[かい]す可らずと雖も貨物の運送[うんそう]は殊[こと]に高價[かうか]にして之を汽船に比較[ひかく]するに斤量[きんりやう]容積[ようせき]の算法同じからざる所もありて精密[せいみつ]なる割合は示し難けれども汽車運賃の高貴なるは鐵道の當業者[たうげふしや]と雖も亦爭ふこと能はざるものゝ如し左れば近來の風説[ふうせつ]に官設鐵道は近々その運賃を引下ぐべしと云ふもあれど何程[なにほど]までに引下ぐべき見込みなるや我輩を以て見れば京濱鐵道の如きは之れを半減[はんげん]しても苦[くる]しからずとする者なり其次第は從來毎一時十五分に發車せしものを改[あらた]めて毎十分若しくは毎十五分の發着を爲し俗に所謂[いはゆる]數[かず]でみなすの流儀[りうぎ]を取[と]らば收入は却て夥多[くわた]の結果[けつくわ]を得ることなる可し或は夫れにては乘客荷物[にもつ]の不足[ふそく]を告ぐるの惧[おそれ]ありと危[あや]ぶむ者もあるべけれども既に成りたる鐵道に汽車を運轉[うんてん]する實費[じつぴ]は甚だ僅々たるべきのみか是れまでの如く毎一時十五分の發車にては乘客が若し誤[あやま]りて一發車の期[き]に後[おく]るゝときは更に一時間餘を待[ま]たざる可らずして繁用[はんよう]ある人の忍[しの]ぶ能はざると共に萬一の乘後[のりおく]れを惧[おそ]れ十分乃至二十分前より早くも停車場に到りて空[むな]しく時間を抛[なげう]たざるを得ず不便利至極なりしものが今度は其反對[はんたい]に發車の度數を繁[しげ]くして又賃錢も低廉[ていれん]ならんには獨[ひと]り京濱鐵道のみならず何[いづ]れの地方にても乘客荷物の割合[わりあひ]を増して收入の支出に超[こ]ゆるや蓋し今日に勝[まさ]ること必然たるべし、賃錢[ちんせん]を引下げ發車の度數を増すは目下の第一〓義[えうぎ]なれども猶[な]ほ鐵道[てつだう]の事業[じげふ]に付て不完全なる廉[かど]を擧[あ]ぐれば切符[きつぷ]を賣るの際[さい]喧擾[けんぜふ]煩雜[はんざつ]を免れざるは停車一般の通弊[つうへい]にして如何[いか]なる必要ありて發車間近[まぢか]に迫[せま]らざれば之を賣[う]ること能はざるや我輩の常に怪[あやし]む所なり今郵船會社より船の切符を買[か]ふには旅宿[りよしゆく]の樓上に坐[ざ]して兩三日前に之を購[あがな]ひ置くも更に何等の妨[さまたげ]げもなく至極便利なりと雖も汽車は即ち然[しか]らざるが爲め老人の如きは徒[いたづら]に狼狽[らうばい]して乘後[のりおく]れたれば携帶品[けいたいひん]を遺失[いしつ]する抔その迷惑[めいわく]一方ならず又東海道鐵道にては便所の便を設けたる由に聞けども其他は往々婦人小兒をして困却[こんきやく]せしむること少なからず此等の點に向ても速に改良[かいりやう]を加ふること然るべし

以上は唯我輩が傍觀[ばうくわん]して思付[おもひつ]きたるまゝを記したる改良案[かいりやうあん]なれども實地に就ては尚ほ此外に種々樣々の新案[しんあん]もある可し之を實施[じつし]するに一々鐵道局の意[い]を承[う]けて只管[ひたすら]官に依頼すべきに非ざるのみか賃錢引下げの如き特[とく]に各鐵道の相一致するは文明繁多[はんた]の今日に別[わ]けて必要[ひつやう]の次第なれば官設鐵道を始めとして各鐵道會社も委員[いゐん]を出し官民協同[けうどう]して總會議を開き改良の趣向[しゆかう]に思[おもひ]を凝[こ]〓〓〓目下に迫りたる急務と云ふ可し

〓〓〓聞く所に據[よ]れば政府には官設鐵道[てつだう]を擧げて人民〓〓〓〓の〓ありと云ふ是れは全く本論と別[べつ]の問題[もんだい]を〓〓我輩の持論[ぢろん]は政府が之を賣[う]るに相手[あひて]の誰[た]れ彼[か]れ〓〓〓〓しにても其代價の高からんことを祈[いの]る者なれば賣却[ばいきやく]の前に改良法を施[ほどこ]すは自から競賣の代價にも利する所ある可きが故に假令[たと]へ多少の時日を費[ついや]すも先づ其賣物[うりもの]を改良して然る後に賣買の談[だん]に及ぶ可し況んや此會議の序[つゐで]に任[まか]せて政府は賣渡しの方法に就き各會社の委員に意見[いけん]を諮[と]ふの便利もある可きに於てをや兔に角に鐵道會議は至急[しきふ]に發起[ほつき]せられんこと我輩の冀望[きばう]する所なり