「郵便條例の改正」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「郵便條例の改正」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

郵便條例の改正

第十四條には營業品の見本及雛形は一箇の重量四十八匁に超過す可らずとあるを百匁に超過す可らずと改正したり改正前の條にては即ち一箇の重量四十八匁に超ゆるものは郵便物として送る能はざるが故に例へば銅鐵製などの器具類にて其大さは曲尺長一尺二寸幅八寸厚五寸の制限を超えざる品物にても其重量四十八匁に過ぎ而も其構造方よりして之を兩分す可らざるものは見本及び雛形として逓送すること能はざりしに今度その重量の制限を擴めて百匁と改正せられたるなり

第十七條の改正は第三種郵便物(即ち毎月一回以上發行する定時刊行物及び其附録)の郵便税逓減及び第四種郵便物(即ち前に記したる書籍、帳簿以下の物)の重量增加にして今度の改正中にて最も着目す可きものなり從來第三種郵便物の郵税は一號一個重量十六匁毎に(十六匁未滿又同じ)一錢、二號又は二個以上一束重量十六匁毎に(十六匁未滿又同じ)二錢なりしを五厘と一錢とに減じたるものにて此減税は新聞雑誌の逓送上に非常の便益を與へ隨て國の文運の上にも影響する所少なからざる可し我輩は猶ほ今後會計の整理と共に次第に之を逓減じて今の五厘を二厘五毛一錢を五厘にも成すに至るの期あらん事を希望する者なり又第四種郵便物の税は重量八匁毎に(八匁未滿又同じ)二錢なりしを重量五十匁毎に二錢と改められたり從來の重量にては數百頁の小冊子を僅か數里を隔つる内地に逓送するよりも遙々太平洋を越えて米國より數巻の洋書を落手する其運賃の却て少なかりしなどの奇觀もありしが今度この重量の八匁を三十匁と增加されたるに付ては斯る不可思議の現象も跡を絶ち書籍以下各品の逓送に非常の便利を得るに至れり

右〓ふる通りの次第にして今度の改正は一々我輩の賛成する所なるが唯茲に一の遺憾と申すは第一種郵便即ち通常の書状の郵税に其改正を見ざるの一事にして我輩の所〓を云へば通常書状の郵税も新聞雑誌同樣に逓減するか又は税は其まゝにして重量を三四匁にも增しては如何と思へども又當局者の身となりて考ふれば會計上その他の都合もあらんなればこの事は敢て之を今日に望むことを止め扨聊か注意の爲め一言したきは不足税徴収の一事なり今の條例の面に依れば不足税の郵便物は受取人より其額の二倍を徴収する定めにて一分半厘にても重さに過ぎて税に不足あるときは條例の面に於て增額の徴収、致方なしと雖も其處が即ち注意の點にして若しも二錢の切手を貼りたるものが三匁を重さし四錢のものが五匁あるなど云ふ其間違の明白なる塲合には條例の文面に依る可きこと勿論なりと雖も纔か一分半厘の差にて差出す當人も氣が付ず取扱ふ掛りの人とても權衡に訴へざれば一寸相分らざるなど云ふ塲合には俗に云ふ御大法の寛大こそ願はしけれ此事情は郵便上の通俗にして歐米諸國の實地を目撃したる人々は直に首肯する所なる可し我輩は敢て明白に反則したる者を恕せよと云ふに非ず唯一分半厘の微妙は之を大目に見て取扱の手數を省き其實は却て事の便宜を得るものならんと聊か考ふるに過ざるのみ扨又今度の改正に付ては大に政府の収入に影響して収支相償はざるに至らんとの掛念もあらんかなれども是れは過憂に外ならずして郵便税の減するに隨ひ逓送物の增加するは疑ふ可らざる處にして或は之が爲め却て収入を增すにも至る可き其適例は彼の鐵道にして運賃の減ずる毎に乗客の增し隨て収益の增す事實を見ても知る可きなり顧ふに昨年の今頃は政府にて郵便條例を改正し新聞紙の逓送を檢束して之を政府の一手に握らんとするの議ありしよしにて我輩も紙上に於て飽迄其利害得失を論じたりしが時勢の變遷とは云ひながら變れば變るものにて僅一年を隔てたる今年今日かゝる滿足なる政府を見るに至りたるは即ち當局者が研究錬磨の結果なる可しとして我輩は世人と共に偏に其勞を謝する者なり