「大隈伯の凶變、外國人の感情」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「大隈伯の凶變、外國人の感情」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

大隈伯の凶變、外國人の感情

今回大隈伯遭難の一事は日本國中之を聞くもの眉を顰めて痛嘆せざることなきは今更云ふに及ばずと雖ども此變たる或は電信或は郵便の手段を以て早晩諸外國人の耳に達する中にも有名なる倫敦タイムス新聞社は日本在留の特別通信員もあるものの如くなれば去十八日の凶變は右通信員の電報に由りて昨今のタイムス新聞紙上に現はるることなるべく之れより更に反響して變報の天下に傳播するは此兩三日の中に在る可し回顧すれば今年二月森文部大臣が兇徒の毒手に斃れたりとの電報、タイムス新聞に現はるるや行兇者は宗教氣違ひなり云云とありて日柄は日本に例しなき憲法發布の目出度き當日、私怨政敵其行兇者の何人たるを判斷するに迷ひ唯茫然たるばかりなりしが英國諸新聞紙は森子の履歴をも記載して何れも哀悼の意を表せざるものなく其當分在外の日本人が或はホテル或はクラブ等に至りて外友諸氏に接すれば未だ寒暄を敍せざるに先づ兇變の事に及んで悵然として弔詞を表せざるものなく流石に文明國人は禮意に周到にして感情に鋭敏なるの實ありとて當時窃に感激したることあれども今回大隈伯の遭難の如きは事態なほ更に大なるものありと申すは他の義に非ず目下條約改正は恰も談判最中にして在日本の英公使と英國外務省との間には或は電信或は公文を以て正に徃復頻繁の折柄、英國國會議院にては時に日本の條約案に就き談判の運びを質問するものもありしやに聞き外交其向きの人人は勿論、東洋貿易に關係ある商人若くは新聞記者輩は所謂條約改正に關して目下の形勢を聞知したる向きも多からん其處へ外務大臣たる大隈伯の遭難、性命に別條はなけれども醫案を以て其一足を切斷するに至りたり云云の急報に接したらば彼等の心中、事の原因も自から分り其原因を孕みたる原因も心に問ふて自から發明す可きこと必然にして彼の國人が果して禮意に厚く且感情の鋭敏なる者ならんには自から顧みて同情を催ほすの氣味なしと云ふ可らず今我輩の仄に聞いて推測する所を以てすれば今度我が政府より申出したる條約案は完全對等のものに非ず諸外國人も亦此情實を知ることならんなれども英國始め或る二三の國國にては内實日本の申出しに多少の掛直はなかる可きや國交際上の談判に商賣主義を用ふるも異なものなれども平たく云へば雙方賣手に買手にして先づ直切らるる丈け値切つて見んなど云へる意味合もなしとは云ひ難し之を數字に表して申せば完全對等の條約は云はば全數百なる處を日本にては開國以來の行掛り、文明の流儀違ひ、多勢に無勢、樣樣の事情を勘辨してギリギリ决着を五十とし此上は一分一厘も引く可らずと正味の直段を示したるに英國其他の國にては尚ほ心に釋然せざるにや更に一歩を踏込んで之に四十の數を命するものの如し然るに内情の眞面目は外人の知らざるのみならず自國人も驚くほどの次第にして右の五十にても悦ばず况んや四十に於てをや我當局者は不本意ながらも五十に折合はんとて恰も内外の中間に立て苦心焦慮する折柄、圖らずも今回の大兇變に出逢ひたり兇漢素より兇にして名状す可らざるの狂人なりと雖も國中苟も此狂人を出現するは亦以て人心の一斑を知るに足る可し即ち我日本國が外國に申出したる五十の數は啻に决着のみならず既に危險の區域にまで踏込みたる明證にして當局者が身を殺しても執て動かざる所のものと知る可し左れば英國其他の國人が昨今右の報道に接して如何なる感覺を生じ如何なる判斷を下だす可きや平生物に感すること鋭敏にして刺客流血負傷等の凶字を見れば忽ち顏色を變じて凄然悵然たる程の外國人等が日本の兇記事を讀み大隈伯は國事の爲め然かも外國に關する條約改正云云の爲めに難に遭ふて其次第は斯の如しと知らんには忽ち彼の社會の人心を驚破して一時の談柄と爲り行兇者を惡むと同時に遭難者を傷むの情を催ほし此變報の探鑿討議より漸く進んで我日本國の實状に及ぼし一旦豁然大に悟ることなしと云ふ可らず我輩は此最も愁傷す可き時に當りて奇語を弄ぶは甚だ好まざる所なれども人の會心を便にする爲め敢て之を言はんに大隈伯の一足は偶ま以て外國談判の困難を緩和するに足るものと評して可ならんか畢竟凶事偶然の結果にして天下公私兩樣の爲めに誠に痛惜に堪へざれども我輩は右凶變の遠からず歐米諸國に響き渡りて諸國一般の人心特に外交社會の感情を動かすの日ある可しと信じて疑はざるものなり