「責任内閣の端緒」

2014-05-01

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時事新報に掲載された「責任内閣の端緒」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

責任内閣の端緒

維新以來内閣員の更迭は誠に珍しからぬことにして何か閣内の事情に由り一二大臣の退くあれば隨て一二の進むありて何の爲めに退き何の爲めに進みたるや世人は之を知らず又例の情實に生じたる波瀾なりとて恰も之を政府中に私事と視做し意に介する者なきのみならず更迭後の實際に於ても政治に差したる變化を見ず依然たる舊内閣にして其趣を喩へて云へば十疊の座敷に一二疊の表替したるが如く嘗て座敷の全面に目覺しき新裝を加へたることなかりしが今回は不思議なる機會を以て九大臣が打揃ふて一時の辭職とは是れぞ所謂内閣の聯帶責任たる實を明にしたるものにして今後政府のあらん限り政略の得失は假令へ一省の事務たりとも苟も其事が國家問題に係りて國民全體の利害たる可きものなれば其政略の宜しきを得ると得ざるとに由り首尾よければ閣員全體の榮譽となり不首尾なれば則ち全體の義務として一樣に其責に任せざる可らず然り而して内閣の首坐を占めて施政の方針を定るは總理大臣一人の方寸に存することにして以下の諸大臣は其指揮に從ひ毫も私意を交へずして運動す可き筈なれば總理は頭腦の如く各大臣は手足の如く以て一體の政府を維持して其基礎堅固なるを得べし從前とても聯帶責任の姿なりしかども實際に於て然るを得ず例へば一昨年條約改正論の沸騰よりして遂に之を中止したるときにも國家の大問題その成敗は時の内閣員一同にて責に任し改正の談果して不利にして天下の輿論に背き天皇陛下に對し奉りて恐惶の至りとあらば閣員共に辭表を上りて一旦は政府を去る可き筈なるに左はなくして井上外務大臣が一身に其責を引受け獨り内閣を去りたるのみ他閣員は總理を始めとして知らざるものの如し其事情を見れば國家問題たる條約改正の談は内閣の事にあらずして外務省の一事務たりしが如し奇談と云ふ可し斯る次第なるが故に政府の各省はおのおの獨立の體を成し事の成敗殆んど相關することなきが如くなれども亦必ずしも然るにあらず時時の問題に付き閣員〓〓の同意否な多數の賛成を要することも多くして恰も〓〓の事相を呈し時としては聯帶の如く時としては獨立の如く總理必ずしも總て理するにあらず衆員必ずしも分立するにあらず唯樣樣の因縁情實を以て辛苦經營し來りしものが今回の内閣員同時の辭職は全く右の慣行を破りて聯帶の字義を明にしたる一新事例なれば今後の政務は必ず面目を改めて聯帶の實を呈す可きや疑を容れず既に聯帶の責任とあれば閣員互に相警めて一員の輕擧を許さざるは無論、事實の要用よりして一擧一動必ず總理大臣の定めたる方針に從はざるを得ざるの勢となり總理の權力も始めて爰に名實を全ふして情實政府の積弊を一掃するに至る可し故に今度の新内閣は何樣の人を以て組織するも我輩は左まで之を意に介せず或は先づ取敢ず藩閥の餘流を以てして新内閣と稱しながら其人を見れば依然たる舊閣員を見るが如き奇相もあらんなれども是れは多年の行掛りに由り一時の事相として深く怪しむに足らず今度は恰も聯帶責任の調練稽古なれば其稽古中數年ならずして復た閣員一同の辭表を上り二度三度それこれする間に自然に藩閥の沙汰も世に忘れられて純然たる立憲政體の下に文明流の内閣を見るに至る可し我輩は事を急にして事を破るを好まず今日は唯その事の端緒を見て成跡を數年の後に期する者なり