「議會并に議員の保護」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「議會并に議員の保護」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

議會并に議員の保護

近來各地方にては徃徃議會并に議員に對して不穩の擧動少なからず或は議塲の傍聽席より議事を妨げ或は議員に向て辭職を脅迫し甚しきは之を要撃するなどの事も間間これあるより其筋にては容易ならざる事と認め議會并に議員の保護に關する法律を制定發布す可しとの風説先頃より世間に行はれたれども我輩は元來右の擧動を以て一事の兒戲に出でたるものとなし之を處分するには別に臨機の手段もあらん之が爲めに新法律を作るの必要もなかる可しとて深く意に介せざりしに風説却て虚ならず去る七日を以て議會并に議員の保護に關する法律第二十八號の公布あるに至れり之を見るに頗る丁寧深切のものにして議會并に議員を保護するの注意は至れり盡せりと云ふの外ある可らず政府たるものが一國の治安を保つ爲め人民の權利自由を保護するの精神は斯くある可き筈なれども抑も此の法律が今日の社會に出現したる原因を尋ぬるときは其事たる甚だ妙ならずして我輩は窃に國民と共に赤面せざるを得ず申す迄もなく議會は人民參政の塲所にして議員は人民の爲めに其參政權を代表するものなり之を訴訟の事に喩へて云へば議員は人民の代言人にして其相手なる政府に向て談判を爲すものと云ふも可なり然るに其依頼者が己れの代言人に對して亂暴を働きたるが爲め却て相手なる他人の注意保護を受くるに至りては殆んど言語に絶えたるの始末なりと云はざるを得ず左れば人民にして議會の權利を傷くるは自ら己れの權利を傷くるものにして狂人の所爲に外ならず狂人の所爲は深く意に介するに足らざれども政府は人民の權利を保護するを以て職掌と爲すものなれば其職掌よりして狂人の所爲を始末するも亦止むを得ざるの處置にして毫も非議する所ある可らず我輩は唯世に狂人の少なからずして斯る法律の必要となりたるを悲しむのみ然りと雖も顧みて其平生を察すれば我國多數の人民は决して自から其權利を輕んずるものにあらず明治十二年府縣會の開設以來今日に至るまでの經歴より見るに人民が參政の權利を重んじて敢て輕卒ならざるの迹は着く窺ふ可きのみならず本年より始まりたる市町村會の近例に徴するも益益その然る所以の實を知るに足る可し盖し近來二三の地方に於て穩かならぬ沙汰ありしは畢竟時節柄とて政熱上昇の餘症に觸れ田舍地方の發狂人が偶ま偶ま狂態を演じたるまでの事にして之を以て全國一般の人民を評す可きにあらず我輩の深く念頭に掛けざる所なれども唯ここに注意す可きは明年開設の帝國議會なり地方の町村會又は縣會市會などに時として云云の沙汰ありしとて發狂人の騷動と見れば夫にて濟む事なれども若し萬一も帝國議會の議塲に斯る不體裁を見るに至りては第一憲法に向て申譯なきは勿論、海外萬國に對して日本國の不面目この上ある可らず左れば我輩人民たるものは互に相戒めて今後萬一にも此法律をして有効たらしめざる樣心掛くること專一なる可し