「収税法」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「収税法」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

収税法

日本國民の財力甚だ貧乏なる割合に政費日に多端にして租税重きを加ふるより其負擔に堪

へずして難儀を訴ふるは多年來の事實なり即ち民力休養説の起る所以なれども是は暫く別

論として擱き斯かる難儀の租税を取立つることなれば其徴収方の容易ならざるも謂れなき

にあらず左れば未納又は延滯のものも少なからずして一々これを督促する其手數の煩雜な

るは収税當局の一大部分を占めて爲めに不用の役人も要用なるのみか僅かに一二錢計りの

延滞税に向ても督促状を發して小厮の往復より収納の取扱まで右に關する一切の入費を通

算するときは既に何錢以上を超過して往々収税の目的を空ふするの憾なき能はずと云ふ如

何にも困却の次第なれば當局者は之に付き何分の方案を工風中なるよし我輩之を聞く英國

の収税法は頗る簡便輕易なるものにて大藏省より各地に出張所を設け役人監定役

(Assessor)と収税役(Tax collector)との二手に分れ國會にて議定したる豫算の旨を承け

て敢て莊重丁寧なる役人風の調査をなすこともなく監定役は直ちに納税者の家に到り寧ろ

寛大を旨として例へば酒税にても車税にても此家に何石入りの樽何個あるが故に税額斯の

如し、車の大小何輛ありて自用營業用の區別云々など都て面倒なることを云はず唯この家

業の大概を見て凡そ何程の納税然る可しと談ずれば納税者も隱す所なくして事のありの

まゝを打明け主客立ちながら語りて相談こゝに熟すれば収税役は片端より取立て歩き只今

亭主不在なりと云へば後刻持參致さるゝ樣にと言捨て去り其趣は商家の丁稚が懸金を集む

るが如く唯金を集るを目的として忌に力身もせず又徒に餘計の書付を認むるの手數もなく

事簡なれば税を出だすにも亦心易く吏員少なくして得る所多し而して人民に就て其所存を

叩けば皆云ふ納税は人民の義務なり義務を果さゞる者は世間に齒せられずして公民たるの

權利を失ふ云々とて恰も自身の發意を以て醵金するものゝ如し畢竟社會の組織その自然の

宜しきを得て役人も役人の分を守り人民も人民の位を知るが故ならんのみ左れば今の日本

國民の多數は家内の衣食に汲々として戸外公共の事を思ふに遑あらず公民權などゝは存じ

懸けなき次第にして納税の義務を以て一種の苦痛と認るものなれば此輩に向て直ちに英國

の人民たらんことを望むは素より無益の望たるに過ぎず又官吏とても從來官尊民卑の慣習

に養はれ商家の番頭丁稚を以て自ら居るべしとは更に思ひ設けざる所にして數百年來の繁

文縟禮は徹骨の習慣を成し事に臨んで一局又一局、監督又監督、吏員徒らに多くして事務

活溌ならざるも却て之を官邊の體裁として自得する者なれば此輩に向て英國風を説き官吏

は天下の公僕など云ふも迚も容易に了解す可きに非ず又近日は自治制の實施と共に市町村

に収税役なるものを置き表面稍や人民に親近せしむるの端を啓きたるが如くなれども苟も

官邊の肩書を身にするときは早くも試に其光明を公衆に放たんとする今の普通の人情なれ

ば収税役も亦唯第二の新官吏たるに過ぎざる可し况んや政府全體の組織を改め百事簡易を

旨とするが如き毎度識者の云ふ所にして毎度その反對の事實を見るに於てをや注文通りの

好都合は前途遼遠言ふも其甲斐あるべからざるなり然らば即ち日本の収税法は唯この儘に

過行くの外なかるべき歟と云ふに茲(玄+玄)に一案は在昔寺領の大なるもの(例へば高

野山の如き)に於て其領地より年貢を取立るに役僧を以て収税局を組織するも煩はしけれ

ば之を其領民の重立たる者に請負はしめ例へば寺領何萬何千石高より金穀幾千を徴収す可

し領民各戸負擔の輕重及び其収納の方法は寺院の知る所にあらずとして役僧は唯要用の時

に隨ひ領内に出張して大體を監督し請負人と協議するのみ此慣行に從て數百年の間寺院に

不利なく領民に苦情なく萬般圓滑に治りたりと云ふ古今の變遷に從ひ事情同じからずと雖

も今日の政府に於ても収税の事務を一種の商賣と視做し唯滯りなく税金をさへ落手すれば

以て滿足なりと覺悟する上は其事務上に種々樣々の便法ある可し就中各町村を一體の者と

して毎年定額の税を請負はしむること彼の寺領の例の如くならしむるは必ずしも難事にあ

らざる可し既に先般の地租輕減の法を執行せしときにも中央政府は毎縣に付き減ず可き高

を府縣廳に達し府縣廳は毎郡に減ず可き高を郡役所に傳へ郡は之を村に傳へ村は之を各戸

に平均して輕減の利を平等に得せしめ中央政府に於ては何村の何者が如何なる幸を得て何

者が然らざるや其邊には直接の關係なくして首尾能く事を終りたりとのことなれば収税の

法も之に等しく一村は一村の請負高を郡に納め郡は之を集めて縣に納め縣は又各郡の納額

を一纒にして中央に納むるの組織にしたらば大藏省は恰も人民に直接の煩勞を免かれ各村

の人民は隣保相互の相談を以て適宜に規約を作り官吏を煩はさずして一村の義務を果す可

し啻に中央政府の勞を省くのみならず自ら村民自治の風を養成する爲めにも偶然の好機會

なれば一擧して兩樣の利益あるものと云ふも可なり唯その細目實際の手段に至りては多年

事に慣れたる當局者の考案に任ずるのみ