「・裁判所構成法」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「・裁判所構成法」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

・裁判所構成法

兼て其筋にて編纂中なる新法の隨一と聞こへたる裁判所構成法は去る八日を以て公布されたり法典編集の利害に就きては我紙上に於ても屡々意見を陳述したれども既に發布の今日となりては今更多言を費すの必要もなければ茲に新法の大要に就て聊か概評を加へんに抑も新法は第一編裁判所及檢事局、第二編裁判所及檢事局の官吏、第三編司法事務の取扱、第四編司法行政の職務及監督權の四編百四十四條これを從來の成法と比較するに官吏の資格任用(第二編)事務の取扱(第三編)及び其職務監督權(第四編)等に於ては多少改良變更の廉もなきにあらずと雖も其大體に至りては在來のものと差したる變化もなく唯是迄隨時公布したる勅令法律等に定めたる廉々を一纏めとなし之に多少の改良を施し更に周密を加へたるものに過ぎざるのみ左れば新法の主眼とも云ふ可きものは第一編なる裁判所の項にして此點に於ては從前の成法に對し著るしき相違を見る可し先づ第一は裁判所の名稱の變化にして通常裁判所の種類を第一區裁判所(元の治安裁判所)第二地方裁判所(元の始審裁判所)第三控訴院(元の儘)第四大審院(元の儘)の四種となし四種の法廷とも其名の下に民事刑事を裁判し違警罪裁判所(治安裁判所にて開く)輕罪裁判所(始審裁判所にて開く)重罪裁判所(控訴裁判所又は始審裁判所にて開く)高等法院等の名稱をば廢したり而して其最も重要なるは裁判法、裁判權、控訴方法の改良にして此三點こそ即ち新法の精神とする所ならんなれば今左に順を追て對照評論せんに第一裁判法は

舊法 治安及始審裁判所の審理判決は裁判官一人にて之を行ひ控訴院は三人大審院は五人合議列席して之を行ふ

新法 區裁判所の裁判權は單獨判事之を行ひ地方裁判所控訴院及大審院は合議裁判所とし地方裁判所は三人、控訴院は五人、大審院は七人の判事を以て組立てたる部に於て審問裁判を爲す

即ち舊法にては所謂單獨裁判を旨とし治安及び始審廷の普通裁判は一人にて行はしめたるに新法は專ら合議裁判の主義に依りて地方裁判の普通法廷にまで其精神を及ぼしたるのみならず更に高等裁判の判事の數をも增したるものなり聞く所に據れば西洋諸國にても歐洲大陸にては概ね合議裁判の制を用ゆる中にも獨逸の如きは特に其風を尚ひ鄭重を旨とすれども獨り英國の裁判は單獨の主義にして(尤も之は普通法廷の事にして高等法廷は特別なりと知る可し)唯法官の伎倆と熟練とに信用を置き萬事簡易に事を了するの風なりと云ふ蓋し事の便否を云ふときは單獨の主義に優るものなかる可しと雖も之には第一に法官の人物を撰ざる可らず且つ裁判の事たる實に人民の財産生命に關する重大事件なれば其方法手續の便否繁閑よりは寧ろ注意に注意を盡し鄭重に鄭重を加へても苟も輕率に失するの遺憾なからしめん事こそ大切なる其上に我國目下の法官中には伎倆熟練に乏しからざるもの多しと雖も何を申すにも時の草創に屬するを以て中には事に不慣れの新進もある由なれば當分の處は合議の制を用ゐ事の鄭重を計る方先づ以て安心なる可し併しながら合議の制には法官の多數を要すること勿論にして人の增すと共に金を要することも又勿論なりと覺悟せざる可らず(以下次號)