「今回の大演習に就て」
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時事新報に掲載された「今回の大演習に就て」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
今回の大演習に就て
今回の大演習に就ては過日の時事新報にも聊か説を述べ其後雜報欄内にも〓ば記載する所ありしが今更に聞く所に據りて其目的及び順序方法なりと云ふものを記すれば
今回第三師團管下の地方に擧行する陸海軍聯合大演習の目的は兵家の所聞大作戰計畫にして國防策の一部分を實際に試驗するに在り而して其首要なる項目は佐の如しと云ふ
陸海兩兵の力を一致に使用するの實驗
鐡道運兵上野實驗
陸兵を海運し及上陸せしむるの實驗
此他又陸兵の行軍、宿營、給養及陸軍將校をして命令、部署、判斷、決心、若くは人知の撰定、地形の利用、豫備隊の配布、使用等に習熟せしむるは勿論なり
國防の計畫は參謀本部の常に拮据する所にして百般の事變に應ずるの方皆其運籌畫策を經て巳に確定する所ありと雖も尚席上の規畫に止る者なるが故に其果して能く實際に適するや否やを臆斷すへからす乃ち此大演習を施行する所以なり
〓に此大演習を行ふ方法順序を聞くに概略左記の如き者なりと云ふ
陸軍若干師團若干艦隊を以て演習兵と爲し之を東西兩軍に別ち其一を侵入軍に擬し一を防禦軍に擬すと
兩軍医頒つに一般方略なるものを以てし彼我一般の状况を認知せしむと
此一般方略なるものは彼我の状况を簡短に記載したるものにして兩軍同一の文章なりと
次に特別方略なるものを頒ち兩軍の見聞し得べき敵の状况を示し兩軍に各自計畫する所あらしむと
特別方略なるものは東西各其示す所を異にし互に相知ることを得さらしめ其の敵の情況を録するや唯想像或は敵軍の出沒する地方より報告したる者に係ると
又此特別方略を頒つや單に一回に止まる者に非す敵の情况の變換する毎に逐次之を示して以て戰况を進歩せしむる者なりと
又兩軍の兵數に變化を生せしめん爲め或は豫め敵の兵員を詳知するを避けん爲めに此特別方略を以て假設の隊を作爲增加することある者なりと
以上兩種の方略は皆大本營より頒つ所にして即ち統監陛下の親裁を經るものなりと
特別方略の指示する情况に誘導せられ兩軍各自に配兵前進し其相觸接するや戰闘即ち始まるものなりと
各軍に頒つ特別方略は唯敵の情况を示し又高等司令部の命令を載せて各部隊の當さに爲すへき任務を指示する由而して其任務を達するに如何なる方法を以て實施するかは一に各部隊長の計畫に任すと云ふ又此任務を達する迄には千變萬化の情况を生し測り得られさる障礙に遭遇するものにして此障礙を排除し其任務を達するは即ち指揮官の能力なりと
戰闘の始まるや審判官は其陪從將校と共に親しく兩軍の間に奔走して兩軍各隊作戰計畫の當否を實視し或は之を對戰の情况に照し兩軍各兵の進退を指示することありと
演習の巳に畢るや審判官は其實視せる所に因り當否の意見を附し之を長官に上申することなりと云ふ
右は全く傳聞の儘を記したるものなれども演習の方法順序は先づ大抵斯の如きものと想像して實際に大なる相違もなかる可し此趣を見ても近時我國兵制の進歩は實に驚くに堪へたるものと云はざるを得ず古來我戰法の模範とも云ふ可きは源賴朝の富士の牧狩を始めとし其他は甲越合戰ぐらゐのものにして兵書と稱して専ら軍學者中に行はるゝものは唯中陽軍〓の一部あるのみの次第なれとも當時の軍法と稱するものは其奥義の如何に拘はらず形に就て評すれば所謂一騎打ちの戰法にして誠に小兒の戲に過ぎず爾後幾百年德川の近代に至るまでも戰法は依然たる小兒の戲にして毫も成長することなかりしに開國以來三十年、王政維新を距るゝこと僅々廿餘年の間に諸般の制度全く其面目を一新したる中に就て兵制の一事は特に改良進歩の著しきものにして西南の戰爭の如きも兵事の一點より見れば不幸中の幸とも云ふ可きか、之が爲めに我兵制上に幾多の經驗を與へ幾多の改良を促し彼れ是れの事情よりして遂に今日の進歩を致したるは疑ふ可らず我輩の所見に於て本來國力の大小貧富は別問題として單に兵制進歩の度のみを比較すれば決して西洋諸國の下に在らざる可しと信ずるものなり左れば我國の兵制は僅々十數年の間に小兒より成長して直に大人の群に入り其成長の速なるには何人も耳目を驚かすことならん即ち今回の演習は其進歩の實を實際に試驗し更に其上の進歩を期せんとするものにして決して偶然ならざるを知る可きなり然り而して古今兵制上の變遷は斯くの如く夫れ非常なりと雖も〓に千百年來依然として變せざるものは我國の士氣にして凛然たる日本男兒の武勇は古來今に至るまで未だ曾て一日も其色を改めたる事なし此武勇の精神こそ即ち我國の特色にして日本帝國萬世獨立の骨髄たるものなれば我輩は我兵制上の進歩の速なるを祝すると共に此精神の今後長しなへに渝らずして帝國獨立の運命萬々歳ならん事を祈るものなり