「官邊に商賣の思想あらんことを望む」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「官邊に商賣の思想あらんことを望む」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

官邊に商賣の思想あらんことを望む

と題して本月十二日の紙上に大藏省の邊なる日本銀行の事を論じたりしが今こゝには農商務省に關するブールスの一事を云わんに抑も此ブールス法の我商賣取引上に行わる可からずして官民双方の爲めに不利なるは最早や世間に疑う者もあらざれば今更その細論は姑く之を〓き我輩の不審に思う所は斯くまでに實地に不〓當なるものが何故に一時勢力を得て實際に行われんとまでに至りしやの一事なりブールス法の主眼とする所は從前我相塲所に行われたる株主組織を癈して會員の集會所に改めんとするに在り即ち從前の組織に從えば塲所に賣買を約する者は其相手の誰れ彼れを問わず唯中央の會所に信用を置き萬々一間〓のときには會所をして其責に當らしてめて損害を被ることなく會所は兼て仲買より預り置きたる身元金を第一の保證として賣買を請合い尚お是れにても足らざるときは會所の資本即ち株金を以て償うが故に賣買共に至極安全なるに引替えブールス法は會員と會員と相對して賣買を約し其責の歸する所は一個人たる仲買に在るのみなれば保證の根本薄くして安全なりと云う可からず保證安全ならざれば賣買は活〓なるを得ず強いて活〓ならんとすれば其際に自から反則の〓路を求るも亦人〓の常にして此法一たび行われなば天下の相塲所をして頓に〓〓に至らしむるか然らざれば無數の罪人を生ず可きのみ又從前の相塲所は納税の法にて〓に明治二十二年度の歳計豫算に米商會所税六萬八千五百二十七圓、株式取引所税十一萬千七百九十二圓、二項合して十八萬餘圓の高あり然るに今ブールス法に從えば會員たる賣買人〓に仲買人にも納税の義務なきが故に政府は毎度十八萬圓の歳入を失う者なり政費多端の今日新に税源を求る最中何を苦しんで舊税源を棄てんとするや一切その理由の所在を知る可からず左れば唯以上の二箇條のみにても公私の不利は明白なるに苟も一時この不利なる新法を悦び在來の相塲所を擧げて癈滅に歸せしめんとして今日尚お其〓命を半空に懸け徒に商賣社會の人をして疑〓の念を抱かしむるとは實に不審なる次第なれども〓て其然る所以を尋れば是亦その筋の人に商賣の思想乏しきが故なりと云わざるを得ず商賣の思想なき人は都て商賣を輕んずるのみならず又〓て之を厭い惡む〓なきを得ず殊に相塲取引の如きは之を目して投機と稱し博奕と罵り凡そ士君子の風上にも置く可からざるものとは舊時の士族學者流の定論、累世〓傳の性質たりし程の次第にして今は文明開化の時〓、相塲も亦大切なるものなりと與論こゝに定まりて自分も口には之を唱えれども何分にも心の中には釋然たるを得ず扨々相塲所は面白からぬ塲所なり相塲商人は賤しき人物なり何か之を洗濯して高尚からしむる方便はなかる可きやと思う折柄、西洋諸國にはブールスなるものありて云々との事を傳聞し兼て西洋心〓の餘り、忽ち之を聞て忽ち之を信じ法の出處が西洋とあれば必ず妙法ならんとて未だ自國從來の相塲法を詳にするに遑あらず直に他を採用して舊物洗濯の用に供せんとしたるものに〓ぎず苟も商賣取引の實地を知り其由來習慣を明にし其細事〓を詳にしたらんには斯る間〓はある可からざる筈なるに却て然らずして一朝の信心〓々の間に大波瀾を生じたるは商賣の思想に乏しきが故にして一歩をめて其本源に遡れば日本士族流の〓傳に由來するものと斷定せざるを得ず士人が商賣を輕んずる弊害もこゝに至りて極まると云う可し又或人の説にブールス法の行わる可からざるは固より然りと雖も其法の中に自から取る可きものなきにあらず例えば米商會所にて米を賣買するにブールス法に從えば各種の米の見本を〓べて其一種ずゝに就き賣買を〓するが故に肥後米を買わんとする者は肥後米を得べし筑前米を賣らんとする者は筑前米を渡す可し各その思う所の品物を受渡するは便利なりと云う者あれども商賣世界の實際には自から便利の習慣を成し例えば東京の米商會所にて賣買する立米は武州米なれども實際の受渡は必ずしも武州米に限らず越後の米商が定期を以て武州米を賣り期限に至れば定まりの價格に從て越後米を渡す可し唯買方にて引取米の種類を擇ぶ權なくして時としては所望外の品を授けらるゝ憂ありとのことなれども斯る塲合には正米取引の筋に就き交換又は賣買の〓もある可し若し或は是非とも相塲所にて引取の品柄を擇ばんとて之を望む者もあらんには其望に從い特に日を定め時を限りて立會を催すも可なり唯是れ從前の規則に少しく〓加するのみにして事足る可し今日に至りては各地方の米商人はブールス法の實地に施す可からざるを知ると同時に又これを癈する容易ならざるを推量して乃ちブールス法の箇條に就き其要用の〓を改め此處に一條、彼處に二條と次第次第に體よく束縛を免がれ名はブールス法にして實は從前相塲所の株式組織にせんとて巧に外面を装わんとする者さえなきにあらず之を喩えば家屋の日本作りは相成らず之を破壊して西洋流に致せと命じられ扨實際に至りて不〓當なるゆえ外面丈けは西洋流を装い其内部は則ち日本にして先ず畳を敷き火燵を明け椅子テーブル等を取除き起居〓食都て從前の日本風に改るに異ならず斯を如きは則ちブールス法の〓神に戻るのみならず苟も法のあらん限りは時としては内部の吟味も亦要用なれば其吟味の時には必ず多少の反則人を發見することならん正面に法に從えば取引は行わる可からず、之を行われしめんとすれば其法を改め盡して舊法の再生を見る可し、其再生を防がんとすれば常に罪人の盡ることなかる可し、何れの〓より見てもブールス法は商賣の思想より發したるものとは云う可からざるが如し

前號より本紙に至るまで我輩の論〓は唯政府の筋の人々をして商賣の思想を抱かしめんとの趣意にして大藏省と農商務省とに關係ある日本銀行の事とブールス法の事とを例證にして掲げたれども尚お此他に求れば類例の多きこと枚擧に遑あらざる可し日本政府は士族學者流の〓淵にして施政上に美なるもの甚だ少なからず實に諸外國に對しても誇る可き事實ありと雖も一利一弊は人間に免がる可からず金錢商賣の事に至りては時としては机上の理論を以て天下の活〓動を制せんとするものなきに非ず殖産の爲めに憂う可き甚だしきものなり我輩が國會の開設に就ても望を言論の士に着けずして議員には何卒商賣實地の人を得んとて之を渇望するも之に依て聊か政府の缺を補わんと欲するの微意のみ