「財政整理、貸下金の處分」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「財政整理、貸下金の處分」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

財政整理、貸下金の處分

政府が民業に干渉して獎勵保護に力を用いるは我輩の最も好まざる所にして事に當り折に觸れ毎度當局者の注意を希望せしかども鄙見未だ採納せらるゝ機を得ずして空しく幾年を經〓せしに今度衆議院の開設に際し政府は俄に内部の整頓に忙わしく財政上殊に貸下金の處分に付て今や頻に取調中の趣なりこの貸下金なるものは所謂獎勵保護の用に供したるものにして大體に於て賛成すること能わざるは申す迄もなけれども今日までの行掛りを回顧して觀察すれば當初政府に於て一切獎勵保護の政策を執らざりしことならば假令え如何樣のことありとても今となりて更に一言の申分ある可からずと雖ども〓に一旦その形を成さしめたる後に於ては現在〓來の利害に付き聊か勘辨する所もある可き筈なるに然るに唯目前の財政のみに重きを置て整理の一方に熱心なるは本來經世の目的に非ざるが如し從來の貸下金を見るに其大半は〓に整理するこそ得策ならんと雖も一より百まで悉く失當のものゝみに非ず萬〓枝頭また一〓の紅を見ることもありて前〓の爲め必要にして且つ望を属すべきものなきにあらざれば今若し財政整理の爲めに玉石ともに焚ることともなりては國の〓命の爲めに我輩は多少の〓憾なき能わざるなり例えば生絲の如きは一〓能く國脈を維持するものにして財源を涵養すべき重要の貿易品なれば〓來ますます斯業の繁昌を計り國の經濟を託せざる可らざるものなれども現に今日生絲の輸出に從事するものは大抵外國の商人にして日本人の直輸出をなすは僅々一二に〓ぎず經世の目的より云えば此等直接貿易事業の發〓こそ最も急務にして一日も等閑に付す可からざる所のものなれども民間は資力に乏しくして獨り自然に發〓するを得ず例えば横濱の同伸會社の如き政府の保護あるによりて僅に其社〓を維持し日本にも生絲の直輸出業あるを示し來りしが是も今度の財政整理によりて孤城落日の有樣に陥いらんとするに際會せりという假令え同社の身代は幾千なるにもせよ日本は元來高利の國にして營業に二割の利益を見ざれば引合わずなど常に實業家の云う所なるに今金利は三分商賣の利益は六七分を以て滿足する米國の如き國に至り之と競爭を試んとするは所詮堪え得べき所にあらず故に直輸出の商業、國家の爲めには此上もなき美擧なれ共私の計算に於て〓ぶ可からざる所なれば今度その筋より貸下の保護を一時に引上げらるゝときは同社の〓命も〓に絶滅せざるを得ず然る上は生絲輸出の業はいよいよ以て外國商人の一手に歸し全國の荷主は唯その鼻息を窺いて一高一低すべて外商の方寸に任せ手を袖にして看す看す損耗を被むることなるべし即ち政府の保護あると否らざるとは日本に直輸出あるとなきとの相〓を生ずる所以にして我輩は一私會社の利害存亡を意とする者に非ざれ共國の長策を一朝に空しくするに至ては竊に悼惜の〓に堪えず〓んや隣国支那は夙に蠶絲に富み從來に於ても〓に日本の〓敵たりしに是れより漸く長夜の夢を醒して製絲に改良を行い貿易に力を用いることともならば是れまで苦辛經營したる我國蠶絲の得意先も或は支那人の奪う所となりて頼み切りたる國脈の糸筋は漸く憐むべき有樣に〓却することもあらん〓現在に照して〓來を案ずれば微小ながらも外國に得意を占め又支那人も未だ敢て活〓なる〓動を試むるにも至らざれば敵の〓に乗じてますます直輸出を〓捗せしめ微少の得意を廣大にして永年吸利の基本を定るこそ策の上乗なるべきに財政整理の一件、端なくも其反對に出でんとするは誠に痛心の至りにして爰に何分の工風なかる可からず想うに政府が從來の貸下金を處分するは理固より咎む可きにあらず我輩も敢て異存を挟まざる者なれども右の如く經世百年の大利害に關係淺からざるものに於ては之を處分するに當りて先ず保護の代理者たるべきものを〓り我殖産業を繼續せしむる丈の基礎を定めて而る後に財政整理の工風も然る可し蓋し事の輕重に稽え是れまでの行掛りに照らして自から政府の筋に於て免がる可からざる責なればなり而して其代理者とは外資を入るゝなり工業銀行の類を興すなり又は目下の急に日本銀行の成規を改るなり何れにしても低利の金を融〓して半〓の事業を其未だ亡びざるに維持する工風にして尚お其事に就ては論ずる所ある可し